サービス開始当日にもかかわらずオレがKindle Unlimitedを解約した理由

Amazonの新サービス、『Kindle Unlimited』が始まった。
俺は早速(最初の30日は無料だが)月額980円の契約をして、ざっと登録されたKindle本を眺めると、即座に解約した。

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公式の解説には
『Kindle Unlimited』は、12万冊以上の本、コミック、雑誌および120万冊以上の洋書の中から好きな本を好きなだけお読みいただける、読み放題サービスです。
月額980円でいつでも好きな時にお楽しみいただけます。
小説、ビジネス本、実用書、コミック、雑誌、洋書など、新しいジャンルや著者の発見がきっとあるはずです。
自由で新しい読書の世界をお楽しみください。
とある。

12万冊というのはAmazonが扱う本の総数と比べればあまりにも少なく、
自分がそのなかから読みたいものを探すにはあまりにも多すぎる。

現在Kindleで扱う電子書籍(日本語)の数は40万冊以上。その1/4以上が月額980円で読み放題というのは一見オトクに見えるが、
あなたは自分が読む本とどうやって出会っているかを考えてみてほしい。
好きな作家の本、信頼する友人やサイトの推薦、興味のあるキーワードによる検索、書店や図書館で背表紙を素早く眺めていく上での偶然の出会い……。

そう、能動的な「本の発見」というのはとても難しいことだ。

上記したようなカタチでの発見は、すべてあなたの観測範囲設定に縛られている。
知らなかった作家、推薦のない本、興味のない分野にも関わらず優れた内容の本を知る術はほとんどない。
「そのために書店がある」と言う人もいるかもしれないが、書店の棚をくまなく周り、直感的に本を選ぶのにも経験と勘が必要だ。
何より本が好きで好きでしょうがない人以外、そんなことしないだろう。

我々が購買するコンテンツのほとんどは、自分の認識、すなわちすぐに「思いつく興味の範囲、語彙と検索能力」の内側にしか存在しない。
だから、われわれが「定額読み放題サービス」に出会ってすることと言えば、
結局「自分が欲しかったもの/興味のあると思われるキーワードに関連するもの」が読み放題に入っているかどうかを虱潰しに試すことだ。
そうして見つかったものは所詮、欲しかったのに買っていないもの、興味があるのに自分の観測範囲に入っていなかったものにすぎない。
これを「定額だから(タダみたいなものだから)まあいいか」という態度で味わうというのはとてもさもしい行為に思える。

さらに、母数となる40万冊のなかには「そもそも無料のもの」「有料のものに誘導するためのもの」「個人が発行する極めて質の低いもの」が含まれる。
キーワード検索やジャンル絞り込みのあいだに現れるこうしたノイズをフィルターする方法は現在のところ見当たらない。

KindleにはKindle Direct Publishing(以下「KDP」)という個人がKindleに直接電子書籍データを出品するためのツールがあるが、
今回のKindle Unlimitedの登場で、KDP経由の電子書籍はすべて月額980円になったという。
著者には「読まれたページ数に応じてロイヤリティが支払われる」というシステムであるため
Amazonにとってみれば、読者のアクションを細かく分析しつつ、著者には細かく印税に相当するものを支払うというメリットがある。

しかし、「欲しい本にどう出会うか」という過程を考えると、読者にとっての大きな負担が横たわっていることは否めない。

これはAmazonを否定的にとらえた考え方ではない。
むしろ逆であり、Amazonで買えるすべての本がKindle Unlimitedで読めるようになればこの悩みはなくなる。それに期待している。
好きな作家の本、信頼する友人やサイトの推薦、興味のあるキーワードによる検索、書店や図書館で背表紙を素早く眺めていく上での偶然の出会い……。
それを通じて知った「自分の読みたい本」がKindle Unlimitedという定額読み放題サービスのなかにあるかどうかを気にしなくて良くなるからだ。
その時、Kindle Unlimitedは本当の意味で「無制限」になる。

しかしそれをすぐに実現することはとても困難だろう。
正規の売上として本来上げられた利益を月額980円で回収するのは不可能だろうし、なによりコンテンツホルダーが許さないだろう。
音楽や映像の分野ではすでに産業構造が変化しつつあり、
「いつ、どこで、どのように楽しむか」という選択肢を多く用意することでさまざまなレイヤーでお金を回収し、
ユーザーは「どの形態でのコンテンツ消費に対して自分がいくらを払うのが適正か」を無意識に選ばされている。
しかし、「本」というのはあまりにも多くの性格をもち、いまだ安価で扱いやすい紙という媒体がそこそこのプレゼンスを持ち、
さらにユーザーの消費行動の変化スピードに産業構造の変化が追いついていけていない。値段が適正かどうかも怪しい。

私は本や音楽、映像との出会いが人と人との信頼のうえか、もしくは偶然のうえに成り立っていてほしいと思う。
人間として、自分の認識(検索力や語彙)に限界がある以上、未知のものとの出会いを自ら生み出すのはあまりにも難しい。
そういう理由で、あまりにも制約の多い、淘汰されていない現状で書籍の定額読み放題サービスに私はコミットできない。
「立ち読み」に変わる機能を果たすという意味では一定の理解と評価ができるかもしれないが、
これはまだまだ「読み放題」と呼ぶにはあまりにも限定的(Limited)で、偏っていて、入り組みすぎている。
あとどれくらい経てば、我々は文字や写真(もしくはその複合)といったデータを音楽や映像と同じように、
コストをいつ誰にどんなカタチで支払ったのかを気にせず、好きなスタイルで楽しめるようになるだろうか。

もしKindle Unlimitedに再び登録することがあったら、自分はなにをきっかけにするだろうか。
その時はその時で、このエントリに呼応するかたちで書き残しておきたいと思う。

by kala-pattar | 2016-08-03 18:14 | オモロ素材/サイト | Comments(0)
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