本気で写真を撮りたけりゃ、iPhone 7は「Plusじゃないほう」を選べ!

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■すべての写真が均質化されるInstagramの時代


「Instagramのすごいところをひとつ挙げなさい」と言われて、あなたはなんと答えるでしょうか。
私なら「写真を拡大してブラウジングできないところ(どんな画像を投稿しても縦横最大1080pxにリサイズされるところ)」と答えます。
もし写真を原寸表示してまじまじと細部まで観察することのできるサービスだったとしたら、おそらく今のような盛り上がりはなかったのでは、と推測します。
そこにカメラやスマホごとの「性能差」がはっきりと現れないギリギリの大きさの写真がアップロードされ、それが同じ大きさでブラウジングされる。
この、「土俵の均質化」こそがInstagramの本質だと僕は考えています。
これは「カメラの良し悪し」とは関係のない、かわいい/かっこいい写真を、均質化して、みんなで均質な環境で眺める行為です。

スマホに搭載されたカメラのほとんどが1000万画素を超えましたが、そのカメラで撮影された写真のほとんどが
InstagramやTwitter、FacebookといったSNSで消費されていることは想像に難くありません。
僕の周りの人々をざっと見渡してみても、スマホで撮った写真のプリントアウトや巨大スクリーンでの鑑賞はおろか、
そもそもスマホのメモリーから写真を他のデバイスに移し替えることをする人すらほとんどいません。
これが意味するのは「スマホのカメラで撮影された写真のほとんどがスマホの中で消費される」ということです。





■iPhone 7 Plusに搭載されたデュアルカメラシステムの意味


さて、昨日発表されたiPhone 7およびiPhone7 Plusですが、6と6plus同様「筐体とスクリーンのサイズ違う(plusのほうが大きい)」というのに加え
7 plusのほうに「デュアルカメラシステム」が搭載されたことが大きな違いとして話題となっています。
逆に言えば、サイズというものを無視した場合、両者の違いは「カメラがふたつ付いているかどうか」ということになります。

iPhone 7とiPhone 7 Plusに搭載されている共通のカメラは12MPセンサーに光学式手ぶれ補正機構が付いたf/1.8の単焦点レンズの組み合わせです。
狭いスペースに12MPも突っ込むとろくなことがないと思いますが、手ぶれ補正とレンズの明るさでシャッタースピードを稼ぎ、
むやみに感度を上げないで画質を担保するという選択をしたのだと考えると、仕様策定と設計思想にも納得がいきます。

問題は7 Plusにのみ搭載された「デュアルカメラシステム」です。
上記の7と共通のカメラに加え、2倍の焦点距離を持つ光学式手ぶれ補正機構が付いたf/2.2の単焦点レンズを持つカメラが乗っかっているのです。
これが意味するところをAppleのサイトから引用すると、
「iPhone 7のものと同じ12MPの広角カメラが、被写体に一段と寄ることができる12MPの望遠カメラと連係します。
つまり、より高性能のズーム機能をもっと離れた場所から使えるということです。
さらに、まもなく登場するまったく新しい被写界深度エフェクトを使えば、ポートレート写真がこれまで以上に引き立ちます。
iPhone 7 Plusを手にした時が、世界最高のシャッターチャンスです。」
簡単に言うと、「iPhoneのカメラはズームできないので焦点距離の違うカメラを2台積んだよ」ということです。ボトムズか。

単にズームだけじゃ能がないので、「被写界深度エフェクト」というのをウリにしています。
「被写界深度を活用すると、顔をはっきりととらえたまま、背景にぼかしの効果を加えられます。
iPhone 7 Plusで撮影すると、デュアルカメラシステムが2つのカメラと先進的な機械学習を使って、被写体をシャープにとらえながら、背景にはピントを外したようなぼかしの効果を加えます。
ボケと呼ばれるこのエフェクトは、今まではデジタル一眼レフカメラにしかできなかったことです。このエフェクトを使えば、被写体の後ろに何があっても、最高のポートレート写真を簡単に撮影できます。」
とありますが、これはデジタル一眼レフカメラ同様に明るいレンズで撮影したときの背景ボケが出るということではなく、
あくまで「2つのレンズで撮影することで画像内の距離情報をマッピングし、擬似的に背景を画像処理してボカす」という仕組みです(勘違いしている人が多い)。
さらにはRAWデータからの処理についても発表が行なわれ、あたかも「写真フリーク」への訴求をしているかのように見えます。




■写真に興味があるけど、カメラを買うに至らぬ人へのアプローチ


しかし、僕はこれを全く逆の意味で捉えています。
つまりiPhone 7 Plusは「写真に興味はあるが、そのためにデジタルカメラを買う決断がつかない人」をターゲットにしている、ということです。

何度もいいますが、スマホで撮影された画像の殆どはスマホの中(SNSの上)で消費されています。
先述したとおり、SNSは本質的に「カメラの良し悪し」が関係しない空間です。
たとえばInstagramに写真を投稿する、というのは画素数で考えると「カメラのスペックの約1/10の画像をシェアしてみんなで観る」ということです。
しかし今回、Appleは自社のフラッグシップスマホで「カメラの良さ」をぐいっと押し付けてきました。

スマホで撮影した画像は小さいレンズを通った光を小さいセンサー上に結像させ、
より大きなレンズやセンサーを介したものと比べて大きく歪みや収差やノイズのある画像をなかば強引に画像エンジンで補正したものです。
先代のiPhone6sでは、かなり良い条件のもとで撮影された写真でも拡大するとかなりデジタルな補正がかけられている
(輪郭を綺麗に見せる、色乗りをよく見せるといった処理によって、iPhoneの画面で見た時に美しく見える)のがわかります。
巨大なMacのスクリーンで見たり、大きな紙にプリントしてマジマジとディテールを見たりすれば、それはより明らかになります。
映画館や街頭でiPhone6s(もしくは6s plusの)の巨大な動画や写真を広告として目にすることはありますが、それは「ディテールを観察するタイプの鑑賞」ではありません。

さらに言ってしまえば、1200万画素の画像は、(SNSで消費する限りにおいて)撮影後のクロップ(一部切り抜き)に十分耐えるサイズです。
また、iPhone 7 Plusで宣伝している「最大10倍のデジタルズーム」というものがこれまでのデジタルズームより飛躍的に画質が向上しているとも思えません。
要は、ことSNSでの消費という観点で考えると「カメラの性能を一気に押し上げた」という各メディアの報道には疑問符がつく、ということです。
(言い換えれば、「向上した性能」の恩恵を受けられるのは巨大なディスプレイで写真を鑑賞したり大きな紙にプリントアウトした時です。)

しかし、そうしたことを一旦脇において、いままでどおりにあなたがスマホの画像を「SNSで消費するだけ」ならば気にならないでしょう。
少なくとも「20000円くらいのコンデジ」と「iPhone 7 Plus」で得られる結果(スペックではない)はほとんど同じだと思います。
カメラオタクはそういうことを何度も何度も考えているからこそ、どんなスペックのデジカメにいくらを注ぎこむか判断し、覚悟しています。
写真を撮って、それをどう加工して、どんな大きさで誰にどんな媒体で見せるか、というところまでを趣味としている人は、
今回のiPhone 7 Plusを見て「これでいいや」とは思わないはずで、むしろ「なんと中途半端なのだろう」という印象を受けたのではないでしょうか。
(一方で、SNSに上げる写真をスマホで気軽に撮るときに、画角や処理の選択肢が多いほうがいいよね、と思う自分もいます。必死で黙らせていますが。)


■スマホは何度でもコンパクトデジタルカメラを駆逐する


コンデジでもちょっといいやつがほしい、なんならいずれ一眼レフやミラーレスで写真を撮るつもりだ、という人にとって、このiPhone 7 Plusはとても魅力的に映るでしょう。
しかし、「背景がボケた画像が欲しい、10倍ズームのレンズが欲しい、1200万画素のRAWデータが欲しい」といったニーズに対して
iPhone 7 Plusはある意味で応えつつ、ある意味では応えられていません。
背景はソフトウェアでボカし、デジタルズームは画像を拡大すればボソボソで、RAWデータは巨大でiPhoneのSSDを圧迫し、現像には知識と経験を要します。
それでもiPhone 7 Plusが「魅力的なカメラ」に見える人が、それでもメインのカメラとして別にデジカメを持ち歩くか?といえばその可能性は極めて低いでしょう。
納得ずくで7 Plusを購入するならいいのですが、
「なんとなく良さそうだな」と思って悩んでいる場合は、ぜひ「あなたが写真を撮ったあとでどう利用するか」というところまで想像してみてください。
(Appleはそういう迷いをうまく突っつく機種を作り、うまく宣伝しています)

本来カメラがやるべきだった仕事をスマホがエミュレートする時代。SNSで遊ぶためのカメラとして7 Plusはこれ以上ない訴求力を持っています。
買いやすく高画質なコンパクトデジタルカメラがほとんど絶滅したいま、「写真」に対する態度は二極化を終えてさらにぐんぐんと加速しています。
Instagramに写真を投稿する、というのは単純計算すると「カメラのスペックの1/10の画像をシェアしてみんなで観る」ということです。

7と7 Plusの差額はおよそ14,000円。

この絶妙な価格設定もまた、「カメラを買うならiPhoneのいいやつを買ったほうがオトクじゃん」と思わせるに足る、恐ろしい戦略だと感じるわけです。
写真に、カメラに興味があるあなたは、iPhone 7 Plusを選びますか? それとも、iPhone7と「写真とじっくり向き合うためのカメラ」を買いますか?

※追記
「いまのInstagramは画像拡大できる」というツッコミが多方面から入ってますが、あれは拡大表示じゃなくてガビガビのまま引き伸ばしてるだけです。
……という話がわからない人がなんだかわからないままにカメラを買ったり使ったりしてるんだな、という学びがありました。
あと「本気のiPhoneフォトグラファーだっている」というツッコミに対しては「iPhoneはその人達のために作られているのではありません」という話をしておきます。
なんにせよ、AppleのマーケティングとiPhone 7 Plusの仕様策定はものすごく狡猾だな、という結論に変わりはありません。
※「拡大」という言葉の定義について喧嘩になりそうだったので一部書き直し、論調をクリアにするために追記しています。



by kala-pattar | 2016-09-08 23:43 | カメラ