日経ビジネスオンラインさんの『シン・ゴジラ』上陸ルートを議論する記事について言いたいこと。

ひさびさに猛烈な怒りを覚えたのでブログを書きます。
怒りの原因はこのネット記事です。

この記事は各界のキーパーソンや人気連載陣に『シン・ゴジラ』を読み解いてもらうキャンペーンとして展開されている
「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」という連載の9/17掲載分であり、松本 健太郎氏(マーケティングメトリックス研究所 所長)によるものです。
全文は日経ビジネスオンラインの無料会員登録が出来ないと読めないということで、無料会員登録の上拝読しました。

概要はタイトルから分かるとおりですが、その意図は最終段にまとめられています。
「断片的な映像を地図に当てはめることで、考えられる仮説と、様々な事実が浮かび上がってきました。
文章ではなく、グラフなど図化して気付くこと、閃くことがあります。
グラフとは、視覚的に文章を表現することなのです。それが今回の上陸進路マップで伝われば幸いです。
恐らく庵野監督は分かっていて映像を出しているのではないでしょうか。
私のような「断片的な情報を繋ぎ合わせて事実を浮かび上がらせる」ことが好きな人間に、格好のエサを与えていただいて感謝します。」
とのことです。

記事冒頭で
今回は何度も鑑賞し、パンフレットを読み込み、ブログ「音楽と城と時々アニメ」さんの記事など、ネット上での様々な意見を自分なりに咀嚼しながら、
ゴジラ初上陸・2回目上陸の進路を推測してみました。今後、シン・ゴジラについての議論をする際の基本資料となるようなものを作ることを目指しました。
と書かれていますが、「ネット上での様々な意見」のひとつに本ブログのエントリである
大田区生まれのオレが写真でたどる『シン・ゴジラ』第一次上陸ルート(タバ作戦もあるよ)が含まれているのではないか、というところから議論します。
(もし「読んでいない」と言われたらその反証を示すことは不可能なのですが、だからといってこのエントリの価値は損なわれないと判断してあえて書きます。
また、他にも引用されているブログがありますが、こちらについても同じことが言えると思うのでここで意見を表明させてもらいます。)

結論から言うと、『シン・ゴジラ』という映画の面白さがどこにあったのかを議論することには意味がありますが、
断片的な情報(映画の中のシーン)からつじつまを合わせるために持論を組み立てるのはとても不毛で不愉快な行為なのでやめてほしい、ということです。
シン・ゴジラはとても面白い映画でした。面白い映画であると同時に、とてもガバガバな、つじつまの合わない映画でもあります。
その「ガバガバさ」を受け止めるには、「リアル」と「リアリティ」の違いを理解する必要があります。

街頭記事の1ページ目で
上陸地点については、「あやめ橋上陸後、北進ではなく西進して商店街を横切り池上通りに進んだ説」が一部にありますが、これは採択できません
という記述が出てきます。
少なくとも菖蒲橋上陸後に西進して商店街から池上通りに至ったルートについての話をしている言説は私が書いたもの以外に見たことがありません。

まずひとつ、
私が先述した自分のエントリでやったことと書きたかったことは
「ゴジラが通った道をまるまるトレスしてそのレポートを書くこと」ではなく、ゴジラが現れた地点を繋ぎながら、大田区の現在の姿を描き出すことです。
自分の足で「ここがロケ地となった」という地点を次々と訪問し、写真を撮り、自分の地元が見せる新しい姿を文章にしました。
そして当該エントリでも書いているとおり、シン・ゴジラの劇中で描かれた風景はあくまで「点」であり、それを「線」で繋ぐと辻褄が合わない、
すなわち作劇のために「どんな風景にゴジラがいるべきか」をスタッフが真摯に選択し、辻褄よりも映画としての印象を残すための努力をした、ということを理解しました。
ネガティブに書けばそれは現実の改竄であり、ポジティブに書けば「どうすればゴジラという映画が魅力的に見えるか」を現実だけにとらわれずしっかりと考えた、ということです。
だからこそ、自分の通ったルートがゴジラのルートと一致するわけはないし、そもそも誰もその「ルート」を辿ることなど不可能なのです。

松本氏はその後の「出現地点」や「劇中でのセリフ」とつじつまを合わせるために
「菖蒲橋から西進からは北上ルートを取った」「環七を左折して春日橋を通ればJRの線路を破壊せずに池上通りに到達する」
「大井町駅南の跨線橋にてふたたびJRの線路を破壊せずに海側に出た」という論を展開します。
多少の推測が混じりながらも、この道を通ったであろうという確信をもって初上陸の進路をマッピングしました。
と前置きをしていますが、他人のブログの意図を知ってか知らずか、その記述を「採択できない」としています。

これはつまり、他人の記述を引き合いに出しながら「オレのほうが正しい」と言っているのと同じです。
自分の書いたゴジラの進行ルートこそがシン・ゴジラを語る上での議論のベースになる、と書いているとおり、「正確性」を得ようとしています。




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はっきり言いましょう。それはまったくもって無駄なことです。「正確なこと」などこの映画にはないからです。
「リアル」と「リアリティ」を履き違えた、典型的なミステイクです。

なぜか。
私は呑川を実際に遡上し、劇中に登場した通りの風景やビルディングがどこにあって、少なくとも「ゴジラが出現したように描かれている場所」を見たからです。
実際に上陸シーンがあれば別ですが、ゴジラが上陸した場所はわかりません。それは設定にはあるかもしれませんが、現段階ではわかりません。
松本氏はいきなり蒲田駅前のパチスロ屋が大写しになる描写を記憶しておらず、どこにどんなビルディングが写っているかも無視してルートを構築しています。
無視しないと「登場した場所を繋げばルートを描ける」という大前提が崩れてしまうし、そもそも詳しく見ていないし、現場検証もしていないからです。
「だからオレのほうがエラい」と言いたいのではありません。そもそもゴジラの進行ルートなど、誰にも描けないのです。それはリアルではなく、リアリティだから。
ゴジラの正しい進行ルートなど、庵野秀明にも、樋口真嗣にも描けないのかもしれません。
理由は先述したとおり。
この映画は、線を見せたいのではなく、点としての画でゴジラを活写することに注力しているので、線でつながっている必要が無いからです。

先述した松本氏の論はすべて状況証拠で適当に書いた内容です。劇中には菖蒲橋から西進しなければ撮れないカットが確実にあります。
環七がJRを乗り越える春日橋の実態を知っていればゴジラがそれを渡って池上通りを右折する描写が滑稽なのもすぐに分かるはずです。
大井町駅南の跨線橋を渡るという推察も同様です。どの推測も「ただ点と点をつなぐために地図を辿っただけですね」以上でも以下でもないからです。

そもそもゴジラはなぜ呑川を遡上したのか、というところでこの誤謬に気づけないのは、とても貧しいことです。
羽田沖からズルズルと泳いできたら、どう考えても多摩川に行くのが当然だからです。なのに、シン・ゴジラのスタッフは舞台に呑川を選んだ。
その時点で「ああ、不自然だな。だけど、大河をぽつねんと遡上してくるよりよっぽど怖いな」と思うべきです。
そして「映画を撮るということ、すなわち現実の風景を拝借して意図を表出するというのはこういうことなのか」と思えなければ、この映画を観たとは言えないでしょう。

狭くて両側に住宅の迫った生活河川を、プレジャーボートをひっくり返しながら遡上するゴジラを撮り、
蒲田駅前を封鎖してエキストラの迫真の演技を撮影し、6車線の国道よりも画像処理が容易で破壊的な演出のできる池上通りを空撮し、
品川神社の階段を駆け上がりながらフレームの外にいるゴジラに恐怖する市民を描き、初代ゴジラをモチーフとした八ツ山橋をクライマックスに持ってくる。
庵野秀明は「画の人」です。これらの画を矢継ぎ早に繋ぎ、東京南部の海岸近くを禍々しく破壊するゴジラの姿を描くことが第一だったはずです。
それらを線でつなぎ、これこそがゴジラの歩いた道であるというのを断定的に示し、オレのほうが正しいと書くのはとてもプアーなことです。


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シン・ゴジラの素晴らしいところは、「虚構」をいま、ここにある「現実」の積み重ねをベースに描いたところにあります。
しかしゴジラというものをモチーフにしている以上、それは絶対に「現実」ではありえません。
「現実(=リアル)」の持つテクスチャを集め、いかに「実感を伴った虚構(=リアリティ)」を描いた映画なのか
そしてそこから我々がどんなことを感じたり、学んだり、考えたりするのか。そういう議論は大歓迎です。
件の連載でも、石破茂氏の論などは(賛否あることはさておき)そうした前提をしっかりと理解して展開されています。
が、松本氏の我田引水な思考法と、机上でかき集めて地図を観ただけで編み出したプアーな文章は、まったく支持できません。
少なくとも、いまはソフトも資料集も出ていない故に個々人の記憶に頼らざるを得ず、議論の材料も検証方法もないのですから。

面倒なオタクが「松本よりオレが正しい」と言いたいのではありません。
誰も正しくなりえない議論を、「俺が正しいはずだ」「俺が真実を見せてやる」という信念のもとに展開するのは不毛だ、と言いたいのです。

日経ビジネスオンラインのこの連載はとても人気があるようで、書籍化も企画されているようです。
しかし、自分の論を築き上げるためにつじつまを合わせようと罠にハマり、参考にした記事に明確に書いてある意図を読まず、
ルート解説でもって「正しさ競争」をしようとするこの記事について、私はまったく賛同できないし、非常に腹立たしく思います。
日経ビジネスオンラインさんが「この連載で何を浮き彫りにしたいのか」ということを見失っていないことを願います。

※落ち着いて考えたら抗議じゃなくて「言いたいことがありまーす」レベルだったのでタイトル変えました。

by kala-pattar | 2016-09-21 00:47 | ニュース/怒り/愚痴 | Comments(0)