英国で地球最強のヒストリックカーレースを観てきた話/その2

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▲この二人のキメっぷり、素敵じゃないですか。


昨日のエントリの続きです。読んでない人はそっち先に読んで下さいね。

グッドウッド・リバイバル・ミーティングは20世紀中盤の歴史的なクラシックカー・レースであると同時に
往時のファッションやガジェットや出版物、つまりカルチャーをも包摂する「フェスティバル」として機能しています。
ホスト側(主催/出場者/出店者)もゲスト側(来場者)も区別なくドレスコードが言外に設定されていて、
1930〜1960年代を感じさせる装いで会場を闊歩することが暗黙の了解になっています。



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▲無作為にテラスを撮影した写真ですが、ファッションのコードが定まっていて、自ずと色味が落ち着いた雰囲気になっていることがわかると思います。


前世紀の半ばに目を向けたとき、そこには決して外すことのできない大きな出来事がありました。
第二次世界大戦です。

クラシックカーの範疇には軍用車も入りますし、ファッションとしての軍装もこの場ではコードの中に織り込まれています。
日常を日本で暮らす自分にとって、この光景はかなり衝撃的なものでした。
生きた兵器をレストアして会場に持ってきて、往時の軍装を身にまとった人々が笑顔で立っている様子というのは、やはり様々な思考を促します。
子供も大人もおねえちゃんも、みんなが自然に歩き、話している中に、ごくごく普通の光景として、ミリタリーの要素が点在している。
果たしてこういう景色が成立するには、どういった文化的背景が必要なのか、写真を見ながら少しだけ考えてみてください。


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▲ミリタリールックでコーヒーブレイクを楽しむおっちゃんたち。


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▲このスキャンメル、会場まで普通に自走してきたんだとか。「クラシックカー」として、まずこういうものが普通に含まれる世界。


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▲車外にくくりつけられた木箱は流石に戦後のものでしょうが、こうしたプロップがサクサク手に入る環境。


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▲サーキット内側は空港になっているのですが、広い敷地をVIPが移動するためのサービスとしてMBが死ぬほどいっぱい走っています。"実用"してしまっているわけです。


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▲ここまでに出現した限りなくゲストに近いホストの人々でなくとも、軍装の人はいっぱいいます。女の人もいますし、夫婦で軍装というのもバンバンいます。


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▲高射砲陣地を構築しているおっさんもいます。軍人会みたいなのがあって、これまた戦争体験者と戦後世代の人がニコニコしながら交流している。


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▲スラットグリルがいいですね。男の人も女の人も、やっぱり実物の兵器には興味津々で眺めています。


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▲LRDG(英国の長距離砂漠集団という特殊部隊)仕様に改造したJEEP。戦後購入したものにコツコツとパーツを足して往時を再現したんだとか。


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▲ご丁寧に、フロアには空薬莢もばら撒かれています。1/1のジオラマを見る思い。


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▲軍装の人々は決して居丈高に振る舞わず、ごくごく自然に持ち物の質問や記念撮影に応じてくれます。タミヤのSASジープの話をしたら、たいそう喜んでました。


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▲水冷のヴィッカース機銃を小さな子どもにも構えさせていたお兄さん。「子供に兵器を触らせるなんて!」という顔をする人もおりません。


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▲ジオラマの一部になってしまうおじさんも存在し


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▲日常会話をしているのでしょうが、まるで作戦会議のように見えます。


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▲しかしここまで状態の良い軍装が無限にあるというのは、驚くべき光景だと思います。


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「ああ楽しかった」で済ませても良いのですが、やはり軍装や兵器を見ると、どうしてもいろいろなことを考えます。
一般の人たちも、ごく普通に軍装をして闊歩できるソサイエティが、ここにはある。

戦勝国であるから、手に入りやすいという理由もあるでしょう。古着のいちジャンルとしてファッションに組み込むのはもちろん、
コスプレだ完全再現だと気負っている様子もなく、さらっと軍服を着こなす彼らは「ミリタリーマニア」とか「軍国主義者」というレッテルと縁遠く見えました。
第二次世界大戦を戦った軍は解体されていないので、勲章をいっぱい付けた老人も「地続き」で、若い人たちと鉄砲や車両を前ににこやかに談笑している。

イギリスが戦勝国だから、という一言で片付けて良いのかどうか、悩みます。

彼らは歴史に誇りを持って、そこに使われた物たちにイデオロギーを付託せず、自らの意志と責任で保存し、ときに持ち出してこれを愛でる。
話してみればみな優しく、社会性のある受け答えをし、日本人である自分に対してもきちんとリスペクトのある対応をしてくれる。
TPOをわきまえているから奇異な行動をする人もいませんし、ナチスの格好をしてきてしまう人もいません。

もちろん、人を殺したという歴史は消せるものではありません。より深く突っ込んで話した数人とは、センシティブな話題にも触れることになりました。
しかし、ヒステリックな感情から切り離された装いや機械たちは、生き生きと輝いています。

ここにいるすべての人達の深い理解と、責任を伴った寛容さ、そして何より、他者への配慮を忘れない立ち居振る舞いに、
ただひたすら私は感激し、極東からやってきた自分の小ささに打ちひしがれたのでした。




by kala-pattar | 2017-09-17 19:29 | 行ってきた | Comments(0)
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