酩酊と昇降のミャンマー探訪【その6】
2012年 10月 31日
前にブータンに行った時、僕は古くてボロボロの仏像が見たかったのだが、かの国にそういうものはなかった。
ガイド曰く、古いものでも常に修復して新しく彩色し、美しく保つことが彼らにとっては大事なことなのだった。
ここミャンマーでもそれは大差無いようで、目の前にそそり立つシュエジゴンパヤーもまた、
昨日作られたのではないかと思うほど金ぴかだった。
5分も見ていたら飽きてしまい、僕は車の横で待ちながら果物をかじるMr.オッオのもとに戻った。
バガンで最も金ぴかでありがたいとされるシュエジゴンパヤーとは、まあそんなものだった。
▲僕ら日本人にとっては、ありがたくもなんともないものに見えるんじゃないかな。
▲パヤー(パゴダ)には必ず土産屋が併設されている。
残りの二人が車へと戻ってくると、Mr.オッオは再び車を走らせた。
こんどはちびっこ僧侶が昼飯を食っているところを写真に撮れという。
俺はそういうことをするのが大嫌いだ。多分西洋人はこういうのを喜ぶんだろう、とか思った。
▲ただ、横でオッオが促すから、レリーズを押した。
「もういいよ」と告げると、ここからはとにかくもう、仏塔づくしの一日になった。
太い道から細い道に入ると、鬱蒼と茂る木々に突如としてレンガの仏塔が現れ、そこで車を降り、仏塔を眺める。
こんなに楽しいことがあるだろうか、と思った。
目の前で繰り広げられている光景がこの世のものとは思えなかった。ひたすら楽しかった。
▲いちいち名前なんて覚えていられない。パゴダのなかはひんやりとしていた。
▲よく手入れされた仏像が納められているパゴダがほとんど。
次のパゴダは登っていいのだ、とMr.オッオが言う。
パゴダに近づくには裸足にならねばならない。
日差しに焼かれたレンガは足の裏を冗談抜きでやけどさせるほど熱く、冗談を言うな、と思いながら僕らはある小さなパゴダに登った。
▲熱くて熱くて、急なのにダッシュで登らないと死んでしまう。
パゴダの中腹にある柵も何もないテラスにたどり着いた時に見えたものは、一生忘れないだろう。
そこには見渡す限りの森があり、信じられない数のパゴダがポコポコと立っていた。
僕らはパゴダからパゴダへと森の中の小径をたどり、灼熱のレンガで足の裏を焼きながらパゴダをめぐった。
▲本当に砂漠の爬虫類のように、足を交互に上げながら跳ねるように歩くしかない。
▲こういうものが、もう無限にある。ありがたすぎて、楽しすぎる。
▲まるでRPGの石畳の道路を歩くように、パゴダを縫ってさまよう。
▲大きいのはこれくらいある。
▲まるでRPGのダンジョンのように入り組んだ階段やアーチを登ったりくぐったりしながらテラスに出ると、この景色である。
もはや笑いが止まらなかった。どの塔にも案内しながらモノを売りつけてくるおっさんや女の子がいたが、
そういう何もかもがどんどんと当たり前になっていって、でも落ちれば死ぬような高さのテラスから見えるのは絶景だった。
▲ときにパゴダのなかでは金色のブッダが迎えてくれた。
▲とりわけ大きなパゴダには、ライトアップ用の照明が取り付けられているのが見える。
どのパゴダがなんという名前なのか覚えている暇はなかった。
一つでもたくさんのパゴダを見たくて、そしてそのパゴダからの眺めを確かめたくて、
僕らはレンガで足の裏を焼きながらパゴダを登り降りした。ひたすら昇降を繰り返して笑った。
バガンは強烈な熱で僕らの水分を蒸発させ、昨晩のビールなどとうの昔にどこかへ行っていた。
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ガイド曰く、古いものでも常に修復して新しく彩色し、美しく保つことが彼らにとっては大事なことなのだった。
ここミャンマーでもそれは大差無いようで、目の前にそそり立つシュエジゴンパヤーもまた、
昨日作られたのではないかと思うほど金ぴかだった。
5分も見ていたら飽きてしまい、僕は車の横で待ちながら果物をかじるMr.オッオのもとに戻った。
バガンで最も金ぴかでありがたいとされるシュエジゴンパヤーとは、まあそんなものだった。
残りの二人が車へと戻ってくると、Mr.オッオは再び車を走らせた。
こんどはちびっこ僧侶が昼飯を食っているところを写真に撮れという。
俺はそういうことをするのが大嫌いだ。多分西洋人はこういうのを喜ぶんだろう、とか思った。
「もういいよ」と告げると、ここからはとにかくもう、仏塔づくしの一日になった。
太い道から細い道に入ると、鬱蒼と茂る木々に突如としてレンガの仏塔が現れ、そこで車を降り、仏塔を眺める。
こんなに楽しいことがあるだろうか、と思った。
目の前で繰り広げられている光景がこの世のものとは思えなかった。ひたすら楽しかった。
次のパゴダは登っていいのだ、とMr.オッオが言う。
パゴダに近づくには裸足にならねばならない。
日差しに焼かれたレンガは足の裏を冗談抜きでやけどさせるほど熱く、冗談を言うな、と思いながら僕らはある小さなパゴダに登った。
パゴダの中腹にある柵も何もないテラスにたどり着いた時に見えたものは、一生忘れないだろう。
そこには見渡す限りの森があり、信じられない数のパゴダがポコポコと立っていた。
僕らはパゴダからパゴダへと森の中の小径をたどり、灼熱のレンガで足の裏を焼きながらパゴダをめぐった。
もはや笑いが止まらなかった。どの塔にも案内しながらモノを売りつけてくるおっさんや女の子がいたが、
そういう何もかもがどんどんと当たり前になっていって、でも落ちれば死ぬような高さのテラスから見えるのは絶景だった。
どのパゴダがなんという名前なのか覚えている暇はなかった。
一つでもたくさんのパゴダを見たくて、そしてそのパゴダからの眺めを確かめたくて、
僕らはレンガで足の裏を焼きながらパゴダを登り降りした。ひたすら昇降を繰り返して笑った。
バガンは強烈な熱で僕らの水分を蒸発させ、昨晩のビールなどとうの昔にどこかへ行っていた。
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by kala-pattar
| 2012-10-31 01:21
| 行ってきた