酩酊と昇降のミャンマー探訪【その11】

軍事政権下のミャンマーには簡単に外国人が入国できなかったし、そういうわけで現在のミャンマーにはまだまだ宿が少ない。
僕らはスーレーパヤーの周りをうろつきながら、その日の宿を探していた。
もう夜の10時を回っていて、汚くてトイレもシャワーも共同のゲストハウスが一軒見つかっただけだった。
せっかくバガンまでの航空券をプロモーションプライスで手に入れてUSDが浮いたんだから
もう少しいいホテルに止まってもバチは当たらないはずだ。

目抜き通りでも街灯の光は弱く、僕らは歩道に立ち止まって地図を広げ、iPhoneの光で照らしながらそれを眺めていた。
するとビール片手に歩きタバコをしたおじさんが英語で声をかけてきた。
僕らは暑さと疲労でめんどくさくなっていたので、日本語の間投詞が混じった英語で現状を説明した。
突如「あ、日本人ですか?」とその人が発声したときは、腰が抜けるかと思った。
そのおじさんは解体屋を営んでいて、日本に20年以上も住んだことのある男だった。
3日前まで日本にいたとかで、その日本語はほぼ完璧なものだった。

彼の親切さは詐欺に巻き込まれるんじゃないかと思うレベルだったが、そんなことはなかった。
とにかくこの国は性善説で回っているらしく、怪しい話もドロボーもボッタクリも皆無だった。
かくしてホテルは清潔な一軒をあてがわれ、次の日バラバラに帰国する僕達のスケジュールをきっちりと把握し、
そのおじさんはそれぞれの空港への足はもちろん、何もかもを手配してくれた。

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▲BEAUTY LANDというしょうもない名前のホテルに宿泊した。


ホテルに荷物を置き、今日も今日とて屋台のある眠らぬ通りにタクシーを走らせる。
とりとめもない話をしながら、ミャンマー最後の夜を呑みつくす。

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ほとんどの屋台が店じまいをするまで、僕たちは呑んだ。
次はどこに行きたいか、結婚するならどんな相手がいいか、仕事とは何か。
ありがちな議題に適当な考えを述べつつ、ビールを呷った。

ホテルに戻ったのは2時すぎ。僕は5時半に起きて、6時には宿を出る必要があった。
短くとも深い眠りから覚め、窓の外を見るとそこには昨日のおっさんがすでに立っていた。

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▲日曜の朝にこんなバカタレ日本人によくしてくれるんだから、地球はいい星である。


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▲空港へ向かう車窓から、スーレーパヤーが朝日に輝くのをちらと見る。


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▲もはや見慣れた神奈中バス。


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▲綺麗な空港です。


先輩と後輩をホテルに残して到着したヤンゴンの国際線ターミナルは快適だった。
出国手続きもスムーズに終え、ロビーで飛行機を待った。

待てど暮らせど飛行機は来なかった。

僕は椅子に寝っ転がり、いつしか眠っていた。
ふと目を覚ますと、ものすごく訛った英語のアナウンスが僕の名前を呼んでいた。
走って搭乗口に向かい、滑り込んだ機内で僕はまんじりともせず考えた。
KLで乗り継ぎはできるだろうか……。

結局、僕はKLのLCCターミナルを信じられない速さで走り、イミグレを2度通過し、30分で国際線から国際線へと乗り継いだ。
そこから7時間ほどのフライトは退屈であった。
隣りに座った同い年のマレーシア人の女の子は初めて日本を旅するとのことで、
築地の寿司はうまいか、と僕に訊いてきた。

残念ながら僕は築地で寿司を食べたことがなかった。
「築地の周りに不味い寿司屋はない」と答え、機内をうろつくかまびすしい中国人を一瞥した。
マレーシア人の女の子が持ったガイドブックや単語帳には当たり障りのない観光地の名前が連なっていた。
僕は東京のおすすめスポットをいろいろと思い出そうとしてみたが、ガイドブックと僕の脳の間に大差はなかった。
それよりも機内誌のグラビアに載っているバガンの遺跡群のほうが今は魅力的だった。

何度かの浅い眠りを繰り返してタッチダウンした羽田の滑走路は雨に濡れていた。
僕はどこまでも晴れ渡ったミャンマーにいたせいで、雨というものを忘れていた。

携帯の電源を入れると、フライトがディレイしたせいで同時刻に羽田にたどり着いた後輩がtwitterでつぶやいていた。

たぶん彼とはまたどこかに行くんだろう、などと思いながら、終電のなくなった羽田空港で僕はミャンマーのタバコに火をつけ、明日からの会社のことを考えていた。

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おしまい。
by kala-pattar | 2012-11-02 04:38 | 行ってきた | Comments(0)