【超音速漫遊記 その1】はじまりの街
2014年 01月 18日
夜も明けきらぬペルシャ湾の上空で大きく旋回したB777が海岸線へとにじり寄っていく。
眼下に広がるのはオレンジ色のナトリウムランプに彩られた巨大な街。
幾何学模様を描く道路と、立ち並ぶ豪邸の数々はいままで見たどんな都市とも違う景観を作り出していた。
ドバイ。
空港は巨大かつ清潔で、イミグレーションも極めてスムーズに済む。
予約していたホテルにチェックインするにはまだ早すぎる時間だったが、
空港のインフォメーションカウンターに座る青年と話をしてみても、時間を潰す方法は特にないと言う。
仕方なくバックパックを空港に預け、カメラとレンズと三脚を担いでふらりと空港の外に出てみる。
ムッとした中東の空気を感じながら、
赤と青のLEDが激しい周波数で明滅する車寄せでタバコを何本か吸いながら逡巡する。
ホテルへまでの距離を掴み、街の雰囲気を知るのも悪くないだろうとタクシーを捕まえ、ハイウェイを飛ばした。

どこから来たんだ。ドバイは初めてか。この景色はどうだ。
異国のタクシーの運転手が必ず投げかけてくる質問に答えながら、居並ぶ摩天楼の姿を目に焼き付ける。
案の定チェックインは昼前まで不可能だとホテルマンは言い、それまでマリーナで時間を潰すのはどうかと提案してきた。
24時間営業のコンビニエンスストアでペプシを買い、軒先の灰皿の横でぐびりと飲みながらタバコを吸い、
朝から工事現場へと向かう作業員たちの列を眺めていると、小太りのオヤジが声をかけてきた。
どこから来たんだ。ドバイは初めてか。この景色はどうだ。
そのオヤジはインド生まれのパン屋で、コンビニに納品に来たのだった。
俺の持っているカメラを見て、「フォトグラファーか」と尋ねてくる。
「違う」と答えるのも面倒なので、「そうだ」と応じる。
NikonとCanonどちらがいいのか、そういえばドバイでは万博を開催する、オリンピックが東京に決まったな……。
パン屋は好き放題に話題を変えたが、本当にやることのなかった俺はオヤジとの会話をしばらく楽しんだ。
じゃあ、次の店に納品に行くから。
そう言うと、オヤジはバンに乗り込んで、薄明のなかを走り去っていた。
話相手を失った俺は、写真を撮りながらマリーナをほっつき歩いて朝飯を食べる場所を探した。
無数のクルーザー、ジョギングに励む人、犬の散歩をする人、自転車を漕ぐ人。
思い描いていた「金持ちの集まる街の早朝」がそこには繰り広げられていた。
マリーナにはゴミひとつなく、等間隔に並ぶ灰皿はつねに掃除をする青年の手によって吸い殻が片付けられる。
どこまでも居心地の良いマリーナで写真を撮って、タバコを吸って、俺は午前中のほとんどを潰した。
ドバイは美しい街だった。
どこまでも清潔で、安全で、住民はソフィスティケイトされていて、ビルは高さを競っていた。
酒は(表向き)一滴も供されず、新たなビルが次々と建設され、それを縫うように新たな鉄道が敷設されていた。
道を走るのはすべて高級車で、食事は確かな味で、恐るべき値段を請求された。
ショッピングモールではこの世のあらゆるものが売られていて、行儀の良い人々がごった返していた。
夕方、ブルジュ・ハリファの展望台から眺めた景色は東京の夜景ほど壮観ではなかったが
趣向を凝らした建築物によって構築された街並みが砂漠地帯の海岸線に忽然と現れたようなドバイという街は
現実味のないジオラマのような、まさしく「砂上の楼閣」と呼ぶにふさわしい佇まいだった。
ホテルはシングルを予約していたはずの俺に巨大なスイートルームをあてがってくれた。
あまりに巨大な部屋にたじろいだが、そこでシャワーを浴び、短い睡眠をとってから、俺は未明の空港へと向かった。
何も考えず、誰にも気を遣わずに知らない土地の知らない景色を眺め、時折シャッターを切るだけの一日。
特別な感想をここに書くほど強烈な体験ではないものの、しかし一度は行っておきたい街。
ドバイでの滞在はわずかに27時間だったが、旅のはじまりとしては悪くなかった。
空港でバックパックを受け取り、その重さにげんなりしながらチェックインを済ませ、長いフライトへの覚悟を決める。
エミレーツ航空247便は朝日を浴びる砂漠の街を飛び立つと、進路を南西にとって高度を上げていった。
by kala-pattar
| 2014-01-18 12:12
| 行ってきた