【超音速漫遊記 その9】南米の地中海

月の明かりに照らされたアンデス山脈は銀色に光っていて、
寝たり起きたりを繰り返す俺の意識と無意識の間を行ったり来たりしていた。

長距離バスは曲がりくねった山道をかなりのスピードで走り続け、
真夜中にチリとアルゼンチンの国境に辿り着いた。

道路に覆いかぶさった巨大な構造物が薄明かりのなかにそびえていて、
パスポートコントロールと荷物検査を待つバスやトラック、乗用車が長蛇の列をなしている。
ふたつのブースが仲良く並んでいて、チリの出国手続からアルゼンチンの入国手続えはスムーズ。
荷物検査はずいぶんとラフで、バスに戻るとまたすぐに眠りについた。

地平線から少しだけ顔を出した太陽がバスの中を明るく照らしているのに目を覚まし、
窓の外を見やればそこはアルゼンチンの高原地帯であった。

メンドーサ。

南米にありながらにして地中海性気候に属するこの地方はブドウの産地であり、
アルゼンチンワインの7割がここで作られるという。

事前に予約していた宿に荷物を投げ捨てると、通りいっぺんの観光客の義務として、
ワイナリーやオリーブオイル畑を巡るツアーに出かけた。
いろいろな国籍の男女がみっしりとつめ込まれたバンはダラダラといくつかの提携農場に立ち寄り、
我々はさして旨くもないワインを飲んだり、さして興味のわかない近代的な醸造装置の写真を撮ったりした。

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同行者は翌日夜にブエノスアイレスで会わなければいけない人がいると言い出し、
俺は移動の疲れもあって不機嫌になりかけたが、一人でこの街に一泊するほうがよっぽどつまらなそうだと考えた。
一週間ほど滞在してワインやステーキを堪能し、読書や街歩きに精を出すならいい街であることは確定的だったが
それはいつか時間と金がたっぷりあって、一緒に沈没する相手がいる時で良さそうだった。

我々は荷物をまとめると慌ててメンドーサでいちばん旨いステーキ屋を検索し、そこへタクシーを飛ばした。
開店前からいそいそとドアの前で待つ二人の日本人のために店員は準備を早め、
これはありがたいとばかりに極上のワインと牛肉とを堪能した。

結局メンドーサには一泊もせず、ふたたびバスに乗り込んだ我々はブエノスアイレスを目指した。
ひたすら長い移動に慣れることはなく、寝心地の良い姿勢を探しながら椅子の上でゴソゴソしながら
どこでゆっくりと過ごすチャンスがあるか考え続けていた。

by kala-pattar | 2014-03-15 01:16 | 行ってきた