『神々の山嶺』でしこたま泣いた話

ヒマラヤ山脈を見たことのある人はあんまり多くないんじゃないだろうか。
俺はたまたま見たことがあるけど、そりゃもう、誇張じゃなくて、想像していたのの100倍くらいすごかった。

Chomolhari


地理で習ったかもしれないけど、インド大陸がユーラシア大陸にぶつかって、シワが出来て、それがヒマラヤだ。
シワの、ひだひだの、多さと高さと言ったらない。むちゃくちゃである。
ブータンのチェレ峠から見たチョモラリは7000mオーバーとはいえ端正な出で立ちだったが、
飛行機の窓から見たヒマラヤの主脈は本当に遠近感を狂わせるように、奥に行けば行くほど巨大な山がそびえていて
その手前は気が狂いそうになるほどシワシワで、5000mとか6000mの山脈が眼下を埋め尽くしていた。
隙間に人が住むことも許さないような、暴力的なシワシワが延々と地平線まで続くのである。ありゃ、暴力だ。

んで、このたび遅ればせながら、夢枕獏の書いた神々の山嶺を読んだ。
上下巻で1100ページオーバー、たったの10時間ほどで読みきってしまった。中身が薄いのではなくて、あまりに面白くて、とにかく止まらないのだ。

内容について云々しても仕方ないのだけど、
結局こんがらがってしまったアラサーとかアラフォーとかが、
「山に登るのはどうしてだ?」ということにいろいろ理由をつけてそれをやめてしまうか、
それとも「やらなきゃいけないからやるんだ」と自分の中に火を灯し、むりやりにでもそれを燃え上がらせるか、
まあそんな話だと解釈するべき小説だ。

いままで読んだ小説の中でも五指に入る熱いメッセージがそこにはあった。
ヒマラヤを見たとき、僕はなんだか涙ぐんでしまったのだけど、この小説のなかにはあの恐ろしいシワシワが見事にパッケージされていた。
そして、やらなきゃいけないときがあるんだよ、ということを自分勝手に読み取って、また泣いたりした。

俺の薄っぺらな登山体験の中でも、「あー、これはやばいな、死んじゃうかもな」って思った瞬間があったり
「ここでミスったら確保されていたとしてもスパーンと落ちるのは免れないな」と思う瞬間があったりして
そういうのを勝手に登場人物の境遇に重ねあわせてブーストしたりして、自分なりに感情移入したりもした。
でもおそらく、山に興味がない人にとっても、この本はあなたの心にブレーキをかけていたものに対して強く作用し、
転がり始めるのか、火を灯すのか、とにかく「カッコよく生きたいな」と思わせてくれるはずだ。

何者かになりたくても、なんだかもどかしくて、なんだか日々に添加剤がほしくて、餓えている人。
そういう人が一撃で何かをやる気になる、すごい薬だと思います。必読。

『神々の山嶺』でしこたま泣いた話_b0029315_1393575.jpg『神々の山嶺』でしこたま泣いた話_b0029315_1393318.jpg神々の山嶺 (上) (角川文庫)
神々の山嶺 (下) (角川文庫)

by kala-pattar | 2014-07-15 01:40 | Movie&Books | Comments(0)