ベイマックスがあっさりと「2014俺的ベスト映画」をかっさらっていった話

アナ雪見て『ぎゃぼー!』って叫んでた俺でしたが、あっさりとそれを抜き去るベイマックス。
というか『BIG HERO 6』です。
"HIRO"って名前と"HERO"ってワードの関係とか、映画のスジから言ってもやっぱり6人いるかいねーかみたいなのが超大事。

で、結果号泣。8割泣いてた。


お話としてはとてもシンプルな
「誰も悪くないんだけど人はみなヴィランになってしまう種を持っていて、友情や愛や勇気がそれを救うんだぜ」
というタイプの作りなんで、最後までダレない!(アナ雪は個人的に城がドギャーンってできるところで終了してる)

俺の感想なので(しかもディテールに寄りまくった視点でしか見られないアホなので)勝手に比較して語りますけど
アナ雪というのはやっぱり中世ファンタジー世界というか、城とか森とか山とかが舞台になってて、
ディテールが乏しい世界のなかで"氷"とか"雪"とかのヤバさ(透明なオブジェクトの透過/反射)をいかに描くかというトライアルだと解釈。

対してベイマックスはとにかく舞台が「現代」なのが嬉しくて嬉しくてしかたない。
舞台はオリエンタルな要素をこれでもかとぶちこんだサンフランシスコみたいなところ(架空の街)だし、
今様のテクスチャとモデリングで細部までギチギチと描き尽くして押しまくってくる。
(3Dプリンタのサポートの描写とか、ちょっと未来規格なコネクタの形状とか、
ペンからインクが出てくる瞬間とか、ありそうでなさそうな看板とか、そういうオブジェクトでいちいち泣いてた)

そしてそういったオブジェクトと関わり合いを持つ登場人物たちの仕草。
アナ雪は手から魔法がズバーっと出てきたりする以外はせいぜい人参か剣くらいしか人間と関わるオブジェクトが出てこなくて
「自然を描写する」ってところに感動したような気もするけど、
ベイマックスはひたすらナードでギークな6人(とそれをとりまく物分かりの悪い大人たち)を描いている。
だからナードでギークな奴が「そうそうそうそう」ってなるシーケンスが多すぎて泣いてた。

「後ろ手に力を入れずにデスクチェアを回して座面の向きを自分の背に合わせてからボスっと力なく座り、
くるりと回って机に向かってエンターキーをターンと押してからキュッと椅子を引いてモニターに見入る」みたいな機微。
これをごくごく自然に描けるというのはやっぱりすごい。役者がいるならまだしも、CGにこの演技をさせるわけだもんね。
同じようなアレで言うと、『ポニョ』でリサが家に帰ってきた時に
「買い物袋を置いてからドアノブを引いて足でドアを止めてから空いた手で買い物袋を拾って玄関に入る」っていうシーンがあって
あれも「うわ気持ち悪い!そんなん描かなくていいじゃん!(褒め言葉)」って思ったんだけど、同じ鳥肌が立った。

そして『プレーンズ』を褒めちぎりまくってる人が少なくてとても残念だなと思っているのだけど
この映画の"飛行"に対する執念もまた、プレーンズがなければあそこまで爽快じゃなかろう、と思った。
とにかくベイマックスが飛んでいるシーンは永久に泣いてた。涙がドバドバ出てアホかと思った。
ベイマックスの強化スーツは足の裏がロケットノズルになってるんだけど、
脚そのものをジンバルとして使うことで制御された推力の軸線!あくまでも肩に背負った翼は空力デバイスなので、
「方向転換をするぞ!っていう動きからワンテンポ遅れて機動しながら、天吊りではなく空力的に滑ったり引っ張られたりしながら
きちんと粘りのある空気の中を飛んいでて、さらに引っ張ってる噴射煙が遅れて軌道を描く!」みたいなのが最高すぎた。
こういうのをサラッとやることで、誰もが無意味に感動してしまう飛行シーンが作れるの、すごいと思います。

正直「日本のプロモーションがどーたらこーたら」「原題を変えるというのはいかがなものか」
「BIG HERO 6というのはそもそも云々」「ベイマックスというのはそもそも云々」「AIの主題歌なめてんのか」みたいな
ネットにおけるノイズは全部ノイズ。あたりまえだ。ディズニーだ。無視して正解。

その目でちゃんと見て、どう思ったか書かないと、映画についてどーたらこーたらいう権利はねえな、とひさびさに思いました。
しかし泣いた。もっかい観る。

追記/同時上映の短編、『愛犬とごちそう』(原題は"feast")もキチガイみたいに良く出来ててヤバイので見ましょう。
これはソフト化されたときに一緒に見られないしね。でかい画面で見たい。




by kala-pattar | 2014-12-30 15:40 | Movie&Books | Comments(0)