安心してください、生きてますよ。映画『オデッセイ』に見る現場と上司の仕事術。

キミは観たか。俺は観たぞ。
"とにかく明るいマット・デイモン"である。
巷では「惑星でDASH村」「わくわくじゃがいもチャレンジ」と大評判の『The Martian』である。


原作はアメリカ人サラリーマン、アンディ・ウィアーのネット小説、『火星の人』である。
自分のウェブサイトで小説をタラタラ書いていたらKindleで大ヒット、そのままリドリー・スコットが映画化。夢かよ。
俺も頑張りたい。何かを。

さて、映画である。
トレイラーでは感動巨編の宇宙空間大スペクタクルのような編集だが、
本編はひたすらに明るくポジティブで3分おきに「ブヒーw」みたいな声を出して笑ってしまうスーパーコメディである。

「事故で火星に置いてきぼり、死亡判定が下されてしまった宇宙飛行士ワトニー(マット・デイモン)は
手近にあるいろいろなものを使って次のフネが到着するまで頑張って生き延びる」というシンプルなストーリー。
地球外おいてけぼりモノSFでありそうなトラブルは考えうる限り発生し、
マット・デイモンが古臭いディスコ・ミュージックを(好きでもなんでもないのに)爆音で垂れ流しながら
自分のうんこと火星の土をブレンドして育てたじゃがいもを食べつつ次々に解決していくという大爆笑巨編となっています。






■火星の人=現場の人

マット・デイモンは火星でひとりぼっち。ミッションは「一日も長く生き延びること」です。
上司や同僚とは連絡が取れません。ホウレンソウもクソもなく、とにかく水と空気と食料を得なければ死にます。
これはもう、究極の「現場」です。なんとか連絡を取ろうとする地球の頭いい人たちもいますが、大事なのは三度のメシ。
諦めたらそこで試合どころか生命が終了です。これはヤバい。
みなさんも諦めたらダメです。ポジティブに、ディスコ・ミュージックを爆音で垂れ流しながら
持てる知識と筋肉、そして根性で乗り切りましょう。現場に求められるのは以上です。

■同僚=可哀想な奴をどうするか

見殺しの苦悩に苛まれる同僚ですが、やっぱりマット・デイモンが生きてると分かって嬉しいわけです。
でも手のひらクルーンしてお涙頂戴ドラマを繰り広げてもお互いがセンチメンタルな空気になるのみ。
だからなんとも言えぬ両者の空気。
そこで大事なのは何万キロ離れていようが冗談を言い合える仲!
生命を賭けて戦っていても、軽口を言ってお互いをリラックスさせつつ、最後は助ける気持ち!
仲間って、いいよね。

■地球にいるNASAの人=部下と事業とYシャツと私

NASAの長官は事業を統括する人、つまり企業で言うところの社長です。
その下にはいろんなセクションの偉い人がいます。利害があります。責任があります。
マット・デイモンが生きていることを知って、それを助けなきゃいけないのは義理人情というものです。
だって葬式とかしちゃったし、やっぱり生きてましたゴメン、とか全人類に説明するのめんどくさい。
でもめんどくさいからと言って生きてると知ってしまった人を殺すわけにはいきません。
ああ、広報ってめんどくさい。

マット・デイモンを助ける方法もたくさんあります。そのなかから最適と思われるものを選ばなければならない。
無理しなきゃいけないセクションがたくさんあります。だけど無理できるところはしないと死んじゃう。

工数を切り捨てないと時間がなくなるし、残業しないと終わらないし、安全性を犠牲にしないと実現しないこともある。
完全なデスマーチです。事業の存続、予算、義理人情、物理的な締め切り、そういうもののなかで
あらゆるチームのリーダーができるのできないのと腹の中で勘定しながら
自分のクビが飛ぶかぐっと我慢しながらミッションをクリアするかの間で揺れ動くわけです。

しかしこの映画のいいところは「誰もキレない」というところです。
トラブルというのは起こるのです。100%未然に防ぐのは不可能。不注意や凡ミスもトラブル。
誰かが謝ったって、誰かが業務改善報告を出したって、マット・デイモンは帰ってこない。
だから彼らはキレないのです。
トラブルは起きてしまった。だからいまはそれを解決し、次につなげ、NASAの事業を続けなければいけない。
日本のドラマみたいに「事件は会議室で云々!火星で云々!」みたいな怒声で秩序を乱すチンピラ部下はいませんし
それを受けてルールを破って渋々義理人情に応える上長も出てきません。
賭けるのはただひとつ、みんなのクビなのです。
プライドでもなければその人の心の動きでもない。出来ることを、可能な限りのスピードで、遂行する。
そこで何を優先するのか、そこでふたたびヘマが拡大した時にどう対処するのか。
それを判断するのが長官、すなわち社長なのであります。社長ってすごい。

現場でヒーヒー言ってる奴にキレても火星の環境がいきなり酸素まみれになるわけじゃない。
だからこそ、現場にいる人間がサバイブするための決断を、人知れずしなきゃいけない。
これが部下を持つ者のふるまいというものです!みたいなメッセージが全編を通してビシビシと滲み出ていました。

■あとはオタクの話

火星表面の描写はかなりすごくて、荒涼とした大地にくるくると小さなつむじ風が見えるのとかには感動。
夕日が赤いのがちょっと気になりました(火星の夕日は青くなる)。
NASAが普通にメートル法を採用してるのにもニヤニヤしたり(キロメートル、キログラムという単語がバリバリ出てくる)。
そして何より、NASAモノ映画なら絶対に泣いてしまう「GO/NO GOチェック」のシークエンスが超効果的に使われています。
使われています、というか絶対ここでGO/NO GOやるでしょ!というところでやらないからキョトンとしてたのですが、
最後の最後にそういうことかよ〜〜〜〜〜〜〜!ってなってやっぱり泣いた。
これはガチで宇宙開発オタク必見なので注目してください。

そして!!
ディスコミュージックの使用法(なぜそこでその曲がかかるのか)が最高すぎて死にます。
全編シリアスなテンションなのに、とにかく明るいマット・デイモンが「安心してください、生きてますよ!」と叫び続ける
最高のディスコトレイン。これぞ早見優も仰天の恐るべき大宇宙マハラジャ映画なのであります。
全人類必見のわくわくじゃがいも映画、みなさんもご覧くださいますようよろしくお願い申し上げます。
ヒューストンからは以上です。



by kala-pattar | 2016-02-09 01:50 | Movie&Books