全人類必読の現代の冒険の書、『外道クライマー』を読まずして人間の勇気を語るなかれ

いまから6年前、八ヶ岳は赤岳鉱泉に行き、そこで人工の氷壁を登るという遊びをした。

俺はピクニックに毛が生えた程度の登山を年に数度たしなむ程度のエセ山好きだが、
ハーネスにヘルメット、両手にアイスアックス、両足にアイゼンを装備すると、気持ちが昂るのを感じた。
(だからいまも雪山にでかけたりするんだと思う。)

人間が普通に手と足では登れないような垂直な氷の壁を、鉄の爪でガシガシと登るという遊び。
これがクライミングの入り口のトバ口の受付の前のゲートの敷居みたいなところかと、震えた。

当然筋力もテクニックもない俺はヒイヒイ言いながら氷にへばりつき、
ビレイヤーにザイルをバキンバキンに張ってもらいながらようよう壁をよじ登るのが精一杯。

そこにいたのが「舐め太郎」と名乗る男であった。

初対面のその男は黒々と日焼けした、一見して山ヤと分かる風貌で、俺よりも10歳は上に見えた。
俺が「こんなところをどうやって登るのか、ちょっと見せてくださいよ」と馴れ馴れしく話しかけると
のそっとアックスを振りかぶり、エレガントに、ゆっくりと、だが着実に壁を登り始めた。
ゆっくりとした動きに見えるが、あまりに無駄がないのであっという間にてっぺんにたどり着く。
彼はスルスルと下降してくると「まあ、こんな感じですよ」と言って、にやりともしなかった。

下山した俺は、「舐め太郎」という人がセクシー登山部という謎の組織に所属していること。
全裸で雪山を駆けまわる動画がYouTubeにアップロードされていて、
「韓国エステと雪山の融合」みたいな意味不明のスローガンが踊ったりしていたこと。
宮城さんというのが本名であること、そのブログが異常に面白いことを知った。
しかも俺より年下だった。それがいちばんびっくりした。

ブログは大して更新されず、なにか大冒険をやったことを匂わせながら、それが詳細に書かれることはなかった。
「ただひたすら大きなことをやり遂げた」というオーラだけが漏れ出してくる文章を必死に噛みしめて、味わった。

彼の名が世の中に知れ渡ったのは、彼が那智の滝(世界遺産で、ご神体である)を登って逮捕された時のことである。
俺は笑いながらニュースを読んで、そしてネットで彼とその仲間をぶっ叩く外野を見て怒った。

そんな彼が本を出すことを知ったのはついこの間。
で、待ちに待って、買って、開いたらそのまま読み終えてました。
Amazonから本が届いて、6時間後に読み終わったのは生まれて初めて。
電車のなかで読めない。完全に不審者になってしまう。要注意だ。

外道クライマー/宮城 公博




冒険とは何か、探検とは何か。
高潔な意思を以って、大自然と戦い、誰も果たさなかったことを成し遂げて尊敬を得る。
俗物とは違う、一般人から尊敬されるような、ノーブルで、屈強で、潔白で、カッコいい人のもの。

宮城公博こと舐め太郎の成し遂げてきた冒険と、それを綴る筆致ははそんな我々バカな大衆のイメージを徹底的に破壊する。

死にそうになりながらもキャンプを張って、そこで何をするかと思えばスマホゲーム
ふわふわタイムを爆音で響かせながらタイのジャングルを一ヶ月以上も歩き続け、
ビリビリに破けた300円のナイロンパンツを履きながら、川に流され、うんこを垂れ流し、
アリに噛まれて発狂しながら痩せさらばえ、背に腹は代えられず5mの蛇をノコギリで切断して食べる。




これが全部ホントウなのかウソなのか、それすらも混乱してくる。
かと思えば、日本の神秘的なゴルジュを死と隣り合わせになりながら登り切る。

宮城氏は読者の涙を1ccも必要としていない。3行にひとつは放り込まれるギャグに笑いが止まらない。
そこにあるのは探検冒険に対する我々一般大衆の舐めきった認識に対する怒りであり、
それを体現するための意思と圧倒的な体力と気力と、そして技量である。

なにより恐ろしいのは、
こんなに野蛮なことをしている人間が、こんなにも緻密な文章を書けることである。
真の探検とは、理知的な野蛮の極みである。
探検、冒険に1秒でも憧れたことのある、ぬるま湯のような暮らしをしているオレたち必携の
超絶バイブルを書ける文才が、圧倒的な冒険野郎に宿ったことを祝福したい。必読です。

外道クライマー/宮城 公博



by kala-pattar | 2016-04-04 01:33 | Movie&Books