宇宙に行くのはロマンか、科学か、という問いに答える最高の本を紹介します。

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大傑作なので買いましょう。(Kindle版もあるよ)

はい、買いましたか?買ってない人のためにいまから話をします。

僕は宇宙開発に「ロマン」という概念を持ち込む人がとても嫌いでした。

地球の重力を振りきって何トンものフネを宇宙にぶち上げ、それを地球に戻す力は「ロマン」ではないからです。
大量の燃料があり、それを入れるタンクがあり、その重みを受け止めてなお地面を蹴るエンジンがある。
そこにはたくさんの人の頭脳があり、たくさんのひとの労働があり、それが精緻に組み合わさって実現する、
科学の勝利であると思うからです。でも、それは半分正解で、半分は不正解でした。

なぜアメリカは月に行ったのでしょうか。
模範解答として「ソ連と冷戦していたから」というのがスッと出てくると思いますが、
なぜソ連より先に月に行かねばならなかったのか。
国威発揚だ、国民のモチベーションアップだ、その先にある経済効果だ、技術的フィードバックだ云々。
それらは全部方便でしかありません。

アメリカの有人月面着陸は「国家事業」です。
月に行きたいと思った人が、月に行けるという予測を立て、月に行くための準備をする。
それはさっき話したようなエンジンやロケットや生命維持装置の開発という科学的な課題とともに
そのための「お金をどうやって確保するのか」という政治的な話でもあります。

本書は「月に行くのに必要なお金を集めるために当時の人々は何をしたのか」というのを
ありとあらゆる資料を集めて検証し、分析し、その手法を解体し、平易な言葉で語ります。
そして、月旅行を実現した最大の要因こそが今でいうところの「マーケティング」であったと断じます。






このあまりにも有名な写真はアポロ11号の月面着陸時にニール・アームストロングが撮影したバズ・オルドリンの姿です。
と、説明されなければ誰だかわかりません。誰だか分からない人の写真、すなわち記録として価値を欠いた写真を撮る必要がどこにあったのか。
宇宙飛行士たちがInstagram中毒でなかったことは確かですが、つまりこれはやっぱり「世界の人に見せるため」でしかない、ただのスナップなのです。

ただのスナップを見るのはアメリカ合衆国大統領であり、議会の議員であり、アメリカ合衆国国民であり、そして世界の市民たちでした。
少なくともアメリカ合衆国の国民に対し、「我々が成し遂げたのだ」という感慨を与える意味で、これほど価値のある写真はありません。

ただ、アメリカ合衆国の国民がみな「我々は月に行くのだ!」「月に行くために働いて税金を納めよう!」と思っていたかといえば、そうではありません。
いつもどおりの税収のなかから、どれだけの割合が宇宙開発に使われるか。それは使って良い予算なのか。
宇宙開発を支持する議員と支持しない議員がいて、その先に有権者がいる。こうなるともう、話は直接的ではなくなります。
だから、月に行こうと本気で考えていた科学者たちと、予算の欲しいNASAは本気でマーケティングをするしかない。

マーケティングとはつまり、月に行くという事実、その映像。それを実現する予算を確保するための宣伝であり、広報であり、おべんちゃらなのです。
これは言ってみれば「アニメを作ります映画を作ります、みんなお金ください。当たりますから!」というのとほとんど同じなんですが、
そうなると「月に行く」という本質的には全然意義のないこと(それが目に見える形で利益還元されるわけではない)を
どれだけおもしろおかしく、かっこよく、かわいく、役に立ちそうな感じで国民やら議員やらにプレゼンテーションするか、という話になるわけです。

まずその下地として、科学的な知識を持ち合わせない烏合の衆に対して植え付けるべきは「宇宙に行くことの科学的意義」ではなく
「ロマン」だった、ということがこの本ではものすごくたくさんの資料とともに描き出されます。
税金を使った国家事業を成立させるために、科学者とマスコミやコンテンツホルダーをぶつけてあらゆる化学反応を起こす。
ウォルト・ディズニーとフォン・ブラウンがいかに未来のビジョンを描き出し、なぜトゥモローランドが建設されたのか。
ウソとホントの入り混じった、キラキラ輝くビジョンをまず提示して、大きな予算を確保しやすい「空気」を作る。
こうした戦略があったからこそ、アポロ計画はきわめてすんなりと実現し、11号で月面着陸に成功するわけです。
(当然ながら8号の「創世記」を読むエピソードなども詳説されていて、宇宙オタクなら必ず泣いてしまうわけですが……)

逆説的に、「人間が月に行って帰ってくる」というのを「画面の向こうの出来事(=コンテンツ)」と考えれば、
同じ筋書き、同じ絵面のお話を何度も味わいたい人々が極めて少ないこともすぐに理解できます。
アポロ11号での有人月面着陸から先、恐ろしいスピードでアポロ計画が国民の興味を勝ち取れなくなる様もまた衝撃的です。
言ってみれば、マーケティングの「具」である「月に行くぞ」というのが実現してしまった瞬間に、
継続的な有人月面探査計画というのは本当に「現実的、科学的な問題」に帰してしまい、ロマンのかけらもなくなってしまうからです。

貴方が何かを実現しようとしているとき、誰をノセればそれが実現するのか。
持続的である必要があるなら、どのようにオーディエンスの興味を引き続けられるか。
アポロ計画という誰でも知っている人類の偉業の裏側で、地球ではどんな人々がどんなことに腐心して情報を拾い、咀嚼し、編集し、皆に伝えていたのか。
「やりたい」「やろう」だけではうまくいかないことをちょっとでも知っている人に、絶対読んでもらいたい名著です。ぜひ。







by kala-pattar | 2016-08-17 23:38 | Movie&Books