カメラなんてもういらない!? "写真"の限界を目撃しに「トーマス・ルフ展」に行け!!

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話題の「トーマス・ルフ展」、行ってきました。
結論から言いますと、写真に1mmでも興味があるならお金(図録3500円も)持って行きましょう。
ぶっ倒れそうです。すごすぎ。

 トーマス・ルフ(1958年ドイツ,ツェル・アム・ハルマースバッハ生まれ)は,アンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルートらとともに
デュッセルドルフ芸術アカデミーでベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻に学んだ「ベッヒャー派」として,1990年代以降,現代の写真表現をリードしてきた存在です。
 本展はその世界が注目する写真家の,初期から初公開の最新作までを紹介する展覧会です。
ルフは初期に発表した高さ約2メートルにもなる巨大なポートレート作品で注目されました。
それ以降,建築,都市風景,ヌード,天体などさまざまなテーマの作品を展開,それらを通じ,現代人をとりまく世界のあり方についてのユニークなヴィジョンを提示してきました。
 私たちの視覚や認識に深く組みこまれた写真というメディアそれ自体も,ルフ作品の重要なテーマのひとつです。
ルフは自ら撮影したイメージだけでなく,インターネット上を流通するデジタル画像からコレクションしている古写真まで,
あらゆる写真イメージを素材に用い,新たな写真表現の可能性を探究しています。
作品選択や展示構成にルフ自身が参加するなど,作家の全面的な協力を得て実現する今回の展覧会では,未発表の新作を含む作品世界の全貌を紹介します。

■日本では初めての本格的回顧展ルフ作品は1990年代から日本の美術館やギャラリーで紹介されてきましたが,
美術館で開催される本格的な回顧展は今回が初となります。待望されていた日本国内での個展が,ついに実現します。

■初期から最新作まで,主要シリーズで作品世界を紹介本展は初期作品である「Interieurs」や評価を高めた「Porträts」,少年時代からの宇宙への関心を背景とする「cassini」や「ma.r.s.」,
インターネット時代の視覚・情報空間を問う「nudes」や「jpeg」など,全18シリーズ,東京会場は約125点の作品で構成されます。

■最新作「press++」シリーズでは,本展が世界初公開となる作品もある新聞社のプレス写真アーカイヴを入手したことから着想された「press++」。
かつてのメディア空間で使用されていた紙焼写真とそれにともなう文字情報を素材に生まれた最新作です。
本展では読売新聞社から提供されたプレス写真を素材とした世界初公開となる作品も発表されます。





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ルフと言えばこのPorträts(ポートレート)シリーズが企画展のメインビジュアルにも使われている出世作とされていますが、
これはもう何の変哲もないポートレートでありまして、巨大(縦2mオーバー)にプリントされている状態にその意味のほとんどがあります。
というのは実際行けば展示パネルで説明されていますので、それを読めばいいと思います。
「なんだ、でかくプリントするだけなら俺にもできるじゃないか」というのは半分正解ですが、半分は間違っています。
実際に見るとそのきめこまかい画質とアクリルの質感は圧倒的であり、
なにより高精細で完璧なライティングを施した写真をこれだけの連作で撮れる体力とか財力とか技術(知識)があるかというと、
誰しもがそうではない(つまり写真家というのはまず上の条件をちゃんと備えていることなのだな)ということに気づくはずです。

作品に必要な批評性、というのは実際に文章でもって文脈を読み取る(つまり勉強する)ことでしか理解できないと思いますが、
「何の変哲もないポートレートも、撮影者の指示が介入することで創りだされる」という意味で
「撮る前から"現実の加工"は始まっている」というところからルフの作品に通底する現代社会への批評が込められていたりします。

こういうお説教みたいなのは数々の書物やこの企画展の説明パネルでもしっかりと理解できるようになっているので、
ここではもっと即物的に、何がすごいのか、というのを俺なりに説明したいと思います。


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上に示したのはHäuser(ハウス)というシリーズで、建物を撮影したものです。
これまた異常に巨大なプリントなのですが、とにかく水平と垂直がバシーっと出た、構図的にパーフェクトな建物の写真です。
窓がずらずらと並んでいる様子、影や空の調子をうまく処理することで、そこらへんの建物の建物性をめちゃくちゃに強調しています。
ストレートにパッと撮っただけに見えますが、デジタル処理が駆使されている(見た目ではわからない)のが特徴と言えるでしょう。

いきなり低レベルな話をしますが、写真を撮るときに水平垂直をちゃんと意識する、というのはとても難しいことです。
ただ、この作品の批評性をひとまず置いておくと、「水平垂直がバシーっと出た写真」というのはただそれだけで気持ちの良いものです。
それをバコーンと大きくプリントすると、圧力みたいなものが生じます。画面に不要なものを消したり、時には必要なものを合成したりして
「欲しい画像(脳内にある理想の画)を作る」というのが現代美術における写真を使ったひとつの表現手段だということは覚えておいて損がないと思います。


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次に上に示したのはNächte(夜)というシリーズです。
1992年から制作されたもので、暗視装置で撮影したデュッセルドルフの街です。ただそんだけなのですが、我々はやはりそこからあるものを連想します。
湾岸戦争以降(CoDとかがあたりまえにプレイできる世界)に生きる我々はこの緑色の画像を見ると、「戦争だ!」と反射的に身構えます。
これは「暗視装置で撮ったらおもろいでしょ?」ではなくて、「暗視装置で撮ると『戦争だ!』と身構えてしまう我々の認識」をハックした作品です。

我々の脳みそは世界を認識するときに「特定の画角とか色とか調子の画像を見ると特定のシーンを思い出してしまう」という特性を持っています。
例えば「シン・ゴジラ」ではiPhoneで撮影した映像が使われていますが、そこを見ると「なんだかリアル」「フツーの人が撮影した映像だ」と錯覚します。
つまり、「写真というものが存在しなかった時(もしくはカメラという装置を知らない人)」と、「カメラという装置を知っている我々」では
世の中を認識する方法がそもそも違う、ということなのです。おもろい。

これはそこに写っているもの云々、大きさ云々、上手い下手云々、というよりも
「手法によって脳をハックすることができます」というルフの表現であります。ちょっと小難しいですね。


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で、そのちかくに展示されているのがZeitungsfotos(ニュースペーパー・フォト)というシリーズです。
読んで字のごとく、新聞に掲載された写真を切り抜いて、それを拡大してプリントしたものです。ヤバくないですか。
このへんからルフを知らない人(写真がうまいオッサンだと思ってる人)はおそらく「お前、写真撮ってないじゃねえかよ」と思うはずです。

新聞の写真は見出しとかキャプションとか本文と組み合わさることで「なるほどこういうことがあったのね」というのを視覚的に補強してくれます。
が、見出しとキャプションと本文がない、切り抜かれた写真だけを提示されると、いきなりメチャクチャ不安になります。
「このミサイルがバーンって飛んでるのは何戦争のどこ軍がどこに向けて撃ってるものなんだよ……」と、所在ない気持ちになります。
で、タイトルが床のあたりに書いてあるから見るじゃないですか。そうすると「Zeitungsfoto 247」としか書いてない。ただの番号です。やべえ。

こうなるともう、「我々は写真を写真としてだけ、画像を画像としてだけ受け止めることができるか?」という問いであります。
ルフ自身は撮影してないわけですけれども、写真という文化が存在しなければ表現できない気持ちであり、この気持ちを新聞切り抜くだけで生成できると気づいたルフ、すごくないすか。
これは実際に観に行って、バシバシと連打されるZeitungsfotosのシリーズを見れば間違いなく味わえる感情なので、是非。


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ここまでは(最初のポートレートやハウスを除くと)小品が続くのですが、通路を抜けるといきなり巨大な空間に巨大な写真がバシバシと展示される空間になります。
もう、ルフ自身がカメラを持ってシャッターを押した作品はどこにもありません。ひたすら、写真とは何か、写真をどう見るか、写真をどう利用するか、という
言ってみれば「ルフ先生のスーパー頓智大会」に我々は直面します。

上に示したnudes(ヌード)というシリーズの「nudes yv16」という作品はもう、強烈です。正直、欲しい。
これはインターネットに落ちているヌード画像(多分シロウトが適当に撮って放流した画像)をダウンロードして
それの色や構図を残してヌード写真だと認識できるかできないかのギリギリまで画像をボケボケのガビガビに加工して、ハチャメチャに大きくプリントしたものです。
もしmixiとかでそのへんの人がやったら「そんなことしていいのか」と秒速で炎上しそうな手法ですが、
すごく簡単に噛み砕くと、これは「そんなことしていいのか」というのは何を根拠にしたものか、という話を画像にした作品です。
なんか小難しく「撮る/撮られる」「見る/見られる」の関係性が云々という解説がついていますが、
もはや写ってる人が誰だか分からないし、撮った人が誰だかもわからない。一枚の写真データを元にしているのかどうかもわからない。
でも、「ヌード画像だ」と分かる記号だけを、インターネットの写真をもとに加工しまくって残す。これも、「画を描く」というのとは全く違うアプローチです。
写真とインターネットとデジタル画像加工技術がなければ不可能な表現であり、「もう写真じゃなくてもいいじゃん」とは決して言えないのです。

このシリーズと似たコンセプトを持っているのが「jpeg」というシリーズで、これまたネットで拾った画像を
圧縮拡大しまくった結果ブロックノイズまみれになったのを巨大にプリントしたものであり、「もうこれ、写真じゃないけど写真じゃないとできないよな……」という
めちゃくちゃ不思議な気分になる作品です。これはもう巨大さが最高に効いていて、本物(初めて見た)を見ないと絶対に意味がわからないです
(離れて見るとちょっと解像度の低い風景が、近づくとバキバキのモザイク、というのは図録では体感できないから)。


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「勝手に他人の画像を加工する」というゲリラ的な手法が面白いんだとしたら、それはもうパクリじゃねえかという批判が聞こえてきそうですが、
ルフはちゃんと「欲しい画があればしかるべき場所に頼んで素材となる画像をもらう」ということも平気で行います。
この「press++」は昨年から制作されているルフにとっての最近作であり、世界初公開のメチャクチャ最高なシリーズです。
報道写真とそのプリントの裏側に入れられた掲載指示、画像説明、スタンプや署名を「裏表スキャンしてから合成」して、これまた巨大にプリントしたもの。
「ただの画像」が「情報」になって流通する過程を、一枚の画像で表現し切っています。と言うとちょっと堅苦しいのですが
正直言ってこのシリーズはもうただひたすらに「カッコいい画像に報道現場の超絶なスピード感が乗っかった図像」として強烈なインパクトがあります。
そして嬉しいのは「日本人にとってグッと来る画像」と「走り書きされた日本語」の組み合わせが多いこと。
新幹線やデルタロケット、万博などなどを改めてこういった手法で見せられると、知識無くとも「あちゃー!」と感動してしまうことうけあいです。

ちなみにこの「欲しい画があればしかるべき場所に頼んで素材となる画像をもらう」というのは
cassiniシリーズ(NASAから誰でもDLできる土星とかその衛星の画像を着色したものをどかーんとプリントしたもの)とか
ma.r.s.シリーズ(NASAから誰でもDLできる火星探査機から撮影した画像を未来の人類が見る画像として着色してドカーンとプリントしたもの)とか
Sterneシリーズ(ヨーロッパ南天文台から以下略)でも堪能することができます。


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ルフはもっともっと「欲しい画」に近づくために、プログラミングとかもしちゃいます。
上に示したzyclesというシリーズは「かっこいい曲線を仮想の3次元空間に走らせてから組み合わせてカンバスに印刷する」という
「写真ってなんなんだよ!」と叫びたくなるような作品。隣に展示されたSubstrateシリーズ(日本のエロ漫画を加工しまくってただの色の洪水になったもの)とか
Photogramシリーズ(正直説明読んでも理解できないほとんどCGアート)とかも同じような考え方で
とにかく写真が持つ「欲しい図像を絵の具ではなく"光"を使って2次元に定着させる」という機能に挑み続けます。

兎にも角にも、「写真というのはカメラを使ってシャッターを押して、そこにあるものをそのまま写すことだ」と信じている貴方にとって
この企画展はそうとうなショックであるはずです。写真というものが、カメラというものが、そして画像を処理する手法というものがあるからこそ
写真、すなわち「光を使って理想の図像を得る」という行為に挑戦し続けるトーマス・ルフの頓智大会をぜひとも楽しんでください。

そうそう、このブログを読んだら分かるとおり、この企画展は「写真撮影OK」となっています。
しかし、ルフの挑戦を見ていると、カメラを構えてシャッターを切るのが恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがなくなってくる。
(平気で撮影している女子もいたのですが、その娘がミュージアムショップで絵葉書を買おうとしてSubstarateの一葉を掴んだところ「これ、キレイだけど元のデータがエロ漫画だと思うとちょっと……ね」と棚に戻したのを見て
「トーマス・ルフ!あなたは無意識にこの娘の写真観を爆破したぞ!ブラボー!!!」と心のなかで喝采しました。)
こういうところまで含めてめちゃくちゃ価値観を揺さぶられるトーマス・ルフ展、11月13日までなのでぜひとも足を運んでください。
絶対に、面白いです。



by kala-pattar | 2016-09-04 20:02 | 美術館・博物館