そうだ、エベレスト見に行こう【その2】

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歩行2日目。モンジョを朝8時に発ち、いくつかの吊橋を渡ってナムチェへの尾根に取り掛かる。
昨日同様、道とそれを取り巻く環境はまるで日本の低山歩きのようで、インターネットで読んでいたほどの強烈なハードクライムには出会わなかった。
快調に歩き、地図にある「エベレストが初めて見える場所」にたどり着くと、遠く雲に囲まれたローツェが聳えていた。
一服しながらぼうっとそれを眺めていると、一陣の風がみるみる雲を吹き飛ばし、果たしてそこにはエベレストの頂が現れた。

近くにいたシェルパの男に、エベレストはこうも簡単に姿を見せるものなのかと問うと、「今日は特別天気がいい」と答えてくれた。
振り返ってみると、結局俺が山にいるあいだ、エベレストはずっとその姿を見せてくれていた。


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ナムチェの街は標高3400mほど。山腹に広がる街はすり鉢の斜面に沿うよう形成されており、あらゆるところが急な階段と坂道でつながれている。
街の規模はきわめて大きく、日本の中規模な温泉街をそのまま山に貼り付けたような賑やかさである。
あまりにも現代的な町並みと情報量には辟易とした。さらに酸素濃度は想像より遥かに高く、ここで投宿する気にはなれなかった。

歩けども歩けどもナムチェの街から出られず、人工的な階段の急な角度に悪態をつき、ヤケクソな休憩を何度か取るうちに
道は巨大な尾根をトラバースする開けたルートへと変わった。


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尾根の途中にあの有名なエベレストビューホテルが建っていた。
テラスにお邪魔して紅茶をポットでもらい、しばしエベレストとそれを取り巻くヒマラヤの山々を眺める。
好きなだけ休んで、好きなように歩き、好きに宿を決められる。
ガイドもポーターも、同行者もいない山歩きのいちばんいいところを、たっぷりと楽しめる。


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エベレストビューホテルのあるシャンボチェの丘を越え、少し下るとクムジュン(標高3800m弱)というそこそこ大きな村が広がっていた。
外観から清潔そうな雰囲気のするロッジを探し、ダイニングへと入ると、そこでは老婆がたった一人でお湯を沸かしている。
「他に客はいないのか」と尋ねると、今日は俺しか来ていない、と答える。
俺は白湯を一杯貰い、20ルピーを払って「友達の泊まっているロッジに移動する」と嘘をついた。

ロッジの庭を注意深く見て回ると、トレッカーの洗濯物はひと目で分かることに気がついた。
こんどは外からダイニングの様子を伺う。イタリア人3人組が泊まるアットホームなロッジ。そこで夕食をいただくことにする。

ロッジの主はエベレスト無酸素登頂もこなすガイドとして活躍している。奥さんは物腰柔らかく、謙虚で笑顔を絶やさない。
娘は明日が学校の期末試験だと言いながら、ストーブの横で英語を勉強している。
イタリア人トレッカー、東洋人、ネパール人家族をつなぐのは怪しい英語で、それでも談笑は絶えない。


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歩行3日目。やはり朝8時に出発し、ファンキ・テンガ(Phunki Tenga)までの急な下り坂を尾根伝いに降りていく。
ドウドウと流れるイムジャ川の音が大きくなると、小さな小屋でネパール陸軍の当直が通行証をチェックしていた。
取得の面倒さと使途の不明瞭さからインターネットで散々悪評を書かれていたTIMS(トレッキング許可証)は廃止されていた。
ルクラで取得したトレッキング許可証(2000Rs)とモンジョ直上で取得したサガルマータ国立公園入園許可証(3000Rs)を見せ、歩を進める。
そこからタンボチェ(Tengboche)までは600mほど尾根を登る。1/50000図では表現されていないつづら折れが散々続く。


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タンボチェの尾根には巨大な僧院とチョルテンが建ち並び、いくつかのロッジが見える。
しばしアマダブラムの勇壮な姿に見入り、また歩き出す。


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尾根をトラバースするように道は再び200m近く高度を下げ、路傍にはマニストーンが延々と並べられている。
じゃれ合うヤクや小さな集落を横目にふたたびイムジャ川と交錯すると、巨大な鉄のトラス橋が山体崩壊とともに谷底へと落ちていた。
横には新しく架けられた立派な吊橋。おそらくあの大地震によるものだろう。


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再びイムジャ川の右岸をダラダラと登り返すと、パンボチェ(Pangboche、標高約3900m)に到達する。
遠くエベレストが姿を見せていた。集落のもっとも高いところにあるロッジに荷を降ろし、この日の宿とした。
ダイニングには一足先にエベレストベースキャンプを踏破した英国人がたむろしていて、淡々とビールを飲みながらよもやま話をしていた。
俺はチキンカレーを頼み、肉のエキスと米の甘み、ほのかなスパイスの香りを満タンに吸い込んで、泥のように眠った。


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満月まではあと7日。
しかし、暗く谷底に沈んだパンボチェからは、月明かりに光るエベレストの頂と、その下にうねるイエローバンドがよく見えた。
時折流れる流星は、あたりを照らすかのごとく眩しかった。


by kala-pattar | 2018-01-08 15:36 | 行ってきた