そうだ、エベレスト見に行こう【その4】

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ディンボチェでの2日間にわたる高度順応の後、歩行6日目。
眼下にペリチェを望む巨大なトラバースルートを北進し、やがて谷底には巨大な白い岩が転がり始める。
大きな音をたてて流れていたロブチェ川の水はほとんど薄氷の下を流れ、氷河に近づいていることを知らせてくれる。



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ガレ場を使って川を左岸から右岸へと渡ると、そこはトゥクラ(Dughla、4620m)という小さな集落だった。
小さなロッジでホットレモンを入れてもらい、一服。
トゥクラからしばらく単調な登りが続き、チョ・ラ・パスへと繋がる谷を渡ってトゥクラ・パスと呼ばれる尾根の乗越をすぎると、
道は大きく開けたU字の谷のなかを進むようになる。

かつてはここも氷河だったのだろう。
こぶし大の岩を投げても割れない程度に発達した氷の下を、小さな音を立てながら水が流れる。
土とも砂ともつかぬ、褐色の道を、ヤクや馬とすれ違いながらてくてくと歩く。
明らかに、日本の渓谷を歩くようなそれまでの道程とは全く異なる景観。


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ディンボチェを出て5時間ほど歩き、谷がグッと開けたところにロブチェ(Lobuche、4910m)の集落はあった。
鮮やかなオレンジのロッジに入り、ダイニングでシェルパたちの質問攻めに遭う。

どこから来たんだ。ひとりか。ガイドはつけていないのか。ポーターは。

これまでの道のりとこれからの予定を簡単に説明し、ロブチェより上でどう過ごすか悩んでいることを話すと、
彼らはもう一つ上の集落、ゴラク・シェプがいかに寒くて酸素が薄いかを語り始めた。
そして、得意げな顔で高山病による死者の話を続ける。
「日本から来た若い人が、元気だったにも関わらず、あそこの宿で人知れず死んでいた。恐ろしい話だ。」と。
他の客はこうした話を聞いているのかどうなのか、暗いダイニングで疲れ切った顔で昼飯を摂っている。

ここまで自身の身体といやというほど対話し、とれる予防策はきちんととり、
これから行く先に対してもきちんと緊張感を持っているつもりだった自分は、たいそう鼻白んだ。

「すまないけど、俺は今日はここには泊まらない」と言い残し、集落のいちばんはずれにある賑やかな宿へ荷物を移し、部屋に腰を落ち着けた。
決して重くはないが、一定の質量でドシンと目の奥に居座る頭痛。
呼吸は浅くなかったし、脈拍を計っても飛び抜けて速いわけではないが、この頭痛があまりに長引くようなら停滞や下降も考えなければならない。

東側の稜線は高く、ロッジのテラスはあっという間に日陰になり、ストーブが点く夕食時までいる場所もなければやることもない。
昼寝は呼吸量が低下して高山病にとって良くないことだとわかっていたが、この日はどうしても眠りたかった。
2時間ほどの昼寝から目覚めると、頭痛は鋭さを増していた。

「俺は高山病じゃない。もしそうだとしても、すぐに順応できる。」と自分に言い聞かせながら、
大きなポットに入れた紅茶をガブガブ飲んで、食欲を失っていないことをアピールするかのごとく、巨大なチキンライスを完食した。
ようよう暖まったストーブに当たって、ガツガツと晩飯をかきこむシェルパを見ながら明日のことを考えるうち、頭痛はどこかに消え去っていた。


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歩行7日目。
二重稜線となったクーンブ谷の右岸を延々歩くと、左右の稜線にわかに狭まり、眼前に壁のような斜面がそそり立つ。
ロブチェ・パスと呼ばれる乗越から先は、きわめて歩きづらいガレ場のアップダウンが続く。
息切れ、なし。動悸、なし。意識も足取りも明瞭であることを自分で確認しながら、一歩一歩進んでいく。

突如として左奥の視界が開けると、そこには巨大で美しく、ピラミダルな山容を見せるプモリがあった。
そしてその下に、黒く低い丘が横たわっている。
何度も何度も写真で見た、Google Earthで見た景色である。
この低くてパッとしない、雪や岩の頂とは明らかに違う、決してきれいではない何か。
これこそが、カラパタール(Kala Patthar、5645m)だった。


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勇壮でも高貴でもないその丘(Kala Pattharは測量上、地理学な意味での「山」として認定されていない。故に標高の表記もサイトによってバラバラだ)のふもとに
ゴラクシェプ(Gorak Shep、5140m)の集落が広がっている。
もっとも見晴らしの良さそうなロッジに荷物を降ろし、カメラと水筒、ココナッツビスケットだけを持って、俺はクーンブ谷のさらに奥へと進んでいった。



by kala-pattar | 2018-01-09 22:24 | 行ってきた