あなたは模型を見て模型を塗っていませんか?

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突然ですが、「模型を塗装する」というのはめちゃくちゃに難しい遊びです。
塗装のテクニックもさることながら、そもそも何色で塗ればええねん、というのは多くの人の悩みなのではないでしょうか。

実物は赤だからプラモも赤に塗ろうね!というのは「赤」という塗料を買ってくれば良いのかというとそんな簡単な話ではなく、
赤だっていろんな赤があるし、ホンモノ見たことないし、100m離れて見る赤と20cmの距離で見る赤は違う明るさだし、困るわけです。
曇り空と晴天でも違うし、冬と夏でも色の見え方は全く異なります。どうしてくれるんだ。



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でも、上手い人は「実物を見たことはないけど、おそらくこう見えるんだろうな〜!」と思わせる色を選び、
あるときは絵画的に鮮やかに、あるときは汚れを被って少し色調がシフトした雰囲気に塗ることができるし、
それが実物の色を目の当たりにしたものとはかけ離れていたとしても、「ホンモノらしい色」というのを演出できたりします。
しかし、それは「ホンモノはこうじゃないマン」から猛攻撃を受けたりして、じゃあホンモノの色ってなんやねんという論争になります。

こういう論争に終止符を打つと一部の人に思われているのが「ホンモノに塗ってある色が一番正しいんじゃ!」という主張なのですが、
じゃあホンモノに塗ってある色そのままの塗料がいま模型屋さんで売られているのかというと、そんな訳ありません。
ということで第二次大戦中のドイツ戦車のダークイエローそのものをテメエのプラモデルに塗りたければ、
ドラえもんに土下座してタイムマシンに乗り、1941年のリビアに行ってドイツ軍が支給していたペンキをかっぱらってくるしかない。

すなわちですね、プラモデルにおいて上手い人は「それっぽい」と思わせる塗装ができるかもしれませんけれども、
じゃあ「それっぽい」のと「それそのもの」と「それそのものが錆びたり剥がれたり褪色したりしたのを100m離れたところから見たの」というのを
混同せずに、客観的に議論しようとしたとき、立脚点をどこかに置けるかというと、ぶっちゃけ今までは大変に難しいことだったのです。

で、このたびモデルアート社から発売された『第2次大戦 AFVリアルカラー 日本語版 REAL COLORS OF WW2』という本はこうした状況に一石を投じる
めちゃくちゃ重要な書物なので、ここに紹介しておきます。


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本書のすごいところはAKインタラクティブというスペインの模型用マテリアルメーカーの界隈にいる超マニアな研究家たちが、
「ホンモノの色がどうなってるか分からないと、何も議論できない。そんなら文献的なアプローチと科学的なアプローチで徹底的に調べよう」と決め、
よってたかって「ホントのところ」を調べ上げ、それを現状でもっとも説得力のある資料と印刷できっちりまとめ上げたところにあります。

ドイツ、ソ連、イギリス、アメリカの各軍が軍用車両を塗装するときにどんなルールを考えていたのか。
どんな規格で色を決定し、それを運用するよう各部隊に通達していたのか。
そして可能な場合はホンモノのカラーチップを発掘してきて、その名称、用途、使用時期などについて体系的にまとめています。

さらにめちゃくちゃすごいのが、カラーチップそのものが見る環境によって異なる色を呈したり、長い年月のうちに変色したりしている可能性を考慮して
「当時製造された顔料、特定の色、および保存状態に応じて、現在の技術を用いて±1%の誤差で組成物を見つける」(本文より抜粋)という作業をし、
人間の目というあやふやな器官ではなく、分光光度計を用いたスペクトルの調査を経て色再現を徹底した印刷技術(原書では色差±4%以内)で復元していることにあります。

「『ダークイエロー』ってなんかどよーんとしたベージュっぽい黄色塗っておけば良いんでしょ」「俺は雰囲気で明るくしちゃうもんね」
「◯◯戦線ではなんかもっと暗くて緑がかった色らしいよ」という、もや〜っとした共通見解やアドリブ要素を一旦排して、
まずは何がどうなっていたのか、リアルなところをリアルな印刷で見せてやる!という気概には胸打たれますし、
個人の解釈が挟まった模型の作例とか一切無しで、とにかくホンモノのサンプル写真と概念的な迷彩の運用法をイラストでガッシガシ載せ、
解釈が一通りにしかならない軍の一次資料を惜しむこと無く掲載しまくっているところには本当にアタマが下がるというかこんな値段で良いのか本当に。

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いやはや、大げさではなく、今後の模型の塗装は「この本を一度見たかどうか」によって大きく変わってくると思います。
ソ連戦車の緑とは何か。ドイツの三色迷彩とは何か。
アメリカ軍は何を考えて戦車を空の目から隠していたのか。イギリス戦車の奇妙な迷彩はどういう思考の上に成り立っているのか。
こういうことを、「本当の色」とセットで知っておくことで、もしあなたの塗装が昨日までと変わらなくても、込められた意味が変わってきます。
もちろん、この本をベースに「この色が剥がれるとこの色が出てくるのだ」とか「この色からこの成分が褪色するとこう変色するはずだ」という応用も可能です。

これは「模型をホンモノと同じ色で塗る人のためのバイブル」とか「ホンモノの色で塗らないとぶっ飛ばすおじさんの武器」ではありません。
むしろ、模型をより自由に楽しむために、フォーミュラを知ることの重要さをガシガシと伝えてくれる、議論の立脚点であります。

資料写真やカラーイラスト、模型作例は確かに模型を塗る上で大きな参考になるかもしれませんが、
この「教科書」を読むことで、それらがあくまで「他人の解答」であったり「個人的な解釈の発露」であったことが浮き彫りになります。
ホンモノとは何か。その上であなたは何を表現したいのか。これが強力な武器となること、間違いなし。
ということで、AFVモデル愛好者(ひいては模型をたしなむすべての人)がこの本を手に取ってくれるとよろしいなぁ、と思った次第です。
いやはや、本当にすごいです。読み物としても、めちゃめちゃおもしろい。ぜひ。


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最後に突然の告知ですが、『月刊モデルグラフィックス』が1月25日発売号で創刊400号を迎えました。おめでとうございます。
ということで巻頭特集は「まるごとRX-78-2ガンダム」というカレーハンバーグみたいな内容ですが、その総リード(全体の序文)を執筆いたしました。
こちらも大変に濃いぃ内容となっておりますので、みなさまぜひともお買い求めください。おもろいです。




by kala-pattar | 2018-01-25 00:13 | Movie&Books