僕らがみんな、戦争を食べて生きているのなら。

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我々はメシを食って生きている。
手作りの料理が体にいいことを知っていても、出来合いの食べ物に手をのばすこともしばしば。
毎日が平時で、自分は兵隊じゃない……と思っているかもしれないけど、
あなたの食べているそのメシは、なんですぐに食べられるのか? なんで腐らずそこにあるのか?
それは、人類が戦争をしてきたからなのだよという本を読みました。




タイトルから「ライトなミリオタ向け雑学本」かな、と思っていたのですが、読み始めたら内容はハードめのルポルタージュ。
人類と食品の関係を「戦争」という切り口で眺めてみると、化学と生物学と心理学を駆使した科学史になるよね、という内容です。

太古の昔、「人が遠くへ出かける」というのは(レジャーという概念は近現代のものなので)戦争と同義でした。

歩けば腹が減るし、腹が減っては戦ができない。
故郷の食事は士気を上げ、栄養も満点だけど、持って歩けば食べ物は腐ってしまう運命にある。
祖国から遠く離れた戦地でパンを焼くには? 肉を食うには? 野菜を摂るには?? いったいどうすればいいのだろう。
これを考えるために、多くの頭脳と予算が注ぎ込まれ、世界の食事情は大きく変化してきました。
戦争の歴史とは「兵士になるべくフレッシュで美味くて栄養のあるものを食わせるための努力の歴史」でもあるわけです。

当然ながら、こうした技術は平時の社会にも影響を及ぼします。軍人だけでなく、文民の食生活をも変容させていきます。
現代の我々がスーパーの棚に並んでいる物体を毎日食って腹を壊さずに生きていけるのは
「めちゃくちゃ遠くて環境が劣悪なところでも兵士が死なない栄養をどう送り届けるか」というテーマに対し
軍がこれまで莫大なコストをかけてきた結果である……というのは軍事技術アレルギーの人が呼んだらショック死するような内容です。

ミリメシといえば缶詰を代表とした「THE 保存食」というタイプのものが思い浮かびますが、決してそれだけではありません。
筆者によれば、現代のスーパーに並ぶ品目のうち半数は「戦争目的の技術が転用され敷衍した結果存在している」と推定しています。



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冗長とも思われる歴史の描写、専門用語をいちいち説明しながら繰り広げられる化学的生物学的バックグラウンド、
大きな功績を残した研究者の名前がズラズラズラズラ出てきて、読者が「それがどうしたんだよ……」とイライラする頃に
そのアイテムが我々のよく知る特定の商品の直接的な親であることを提示されると、いちいち仰天します。

※書いたのはアメリカの女性料理ライターで、文章のテンポが悪く、シェイプすればもっと良くなる気はします……
が、前提知識がなくても読める本にしようとしたことはよく伝わってくるかと。
それから、アメリカ陸軍についての言及が99%なので不満という声もありますが、軍隊のことは国民にしか教えてくれないのが普通だと思うし
他国の事情まで入れるとなるとテーマが絞りきれなくてとても一冊では収まらない、と著者は書いています。ちゃんと読め。

料理が生きがいだった筆者は、「ロハスなおふくろの味こそが身体に良い」という考えを自ら否定してこの本を書きました。
(軍はいろんな人種、いろんな年齢、いろんな地域の兵士の体調を最高にキープする使命を持っているのですから、おふくろどころの騒ぎではありません。)
我々は戦争の外側にいるようでいて、「兵站」の研究開発の副産物の最下流に位置する商品を貪っています。
兵站という最高の頭脳と莫大な予算を投じられた「栄養の保存と流通」は、「家庭の味」と対極に位置するように見えます。
しかし、我々が気づかぬうちに「薄めたレーション」を日々食べているのだとすれば……。

「ミリメシを子供に食わせて育てたい母親はいないだろう、しかし、世の中ミリメシがなかったら食うものなんて手に入らないんだぜ。」という矛盾を
現代人は理解しなきゃいけないし、では我々は食に対してどういう自己防衛や取捨選択をしなければいけないのかというテーマはとても深いものです。
また、馴染みの保存食の成り立ちはもちろん、近現代〜未来の食品加工や流通に関わる研究や懸念点についても詳しく記述しています。

ミリオタでなくとも、知っておくべき「メシと我々の関係」。
エセ科学で食品の安全を語る人もそれを叩く人も、これを読まずに適当なこと言ってたらモグリだといえるくらいの必読書と言えましょう。
ぜひ。






by kala-pattar | 2018-07-18 23:31 | Movie&Books