「ちょうどいいプラモデル」を探す、ということ。
2020年 03月 31日

仕事終わった、メシ食った。夜の街がプラプラできない時期は困る。
酒を飲んだらそのまま就寝一直線だし、テレビもなんとなくいまの自分の気持ちとマッチしない。
そんなとき、静かに家でプラモを作るというのは回転数が上がったままの脳をスローダウンさせてくれるから、とてもいい遊びだと思う。
ただ、そこで複雑な手順や完成までの遠い道のりを考え出すと、途端にプラモもひとつの仕事のように思えてしまう時がある。
だから、家に「ちょうどいいプラモデル」をいくつか置いておいて、それをおもむろにパカッと開けるのがいい。
今日はいつか安売りで手に入れた、アトランティスモデル 1/32 リル・レッドバロン・ショーロッドをその相棒に選んだ。



シルバーと、黒と、赤の3色のランナーが入っていて、組み立てはあっという間に終わる。
なんせ、接着剤はいらない。ただ無心でニッパーをカチカチと鳴らし、パーツをはめ込んでいけばカタチになる。
アメリカのモノグラムという会社が50年くらい前に出したプラモなので、とってもおおらかだ。
おおらかなモデルは、組んでいるこっちもおおらかになる。

プラモを作ろう、と思ってググると、いろんなサイトが出現する。
うまくつくるためのメソッドがいっぱい目に入る。キレイな完成品を見れば、それに憧れるのは当たり前だ。
でも、それを我が物にするには相応のお金とか、努力とか、根性とか、練習が必要だったりする。
どれも一生モノだから、習得するのを止めはしない。気を抜かずに集中して、渾身の作品ができあがったときの喜びは格別だ。
ただ、その一方でプラモには「気を抜く効能」というものが確実に備わっている。
自分で考えて仕事を組み立て、それを慎重にやってのけるのとは正反対の、言われるがままにぼーっと工程を味わう。
そこにはホウ・レン・ソウもないし、ガミガミ言う他者もいない。あなたはつかの間、イエスマンになることができる。
イエスマンになっている間は、他のことを何も考えないで、ボヤーッと指先の感覚に浸っていればいいのだ。

カタチには秩序がある。秩序のあるものが、ボヤーッとしていると完成するなんてことはそうそうない。
その行為は真にクリエイティブではものないかもしれない。
だけど、この混沌とした世の中で、自分の視界の中だけがなんだか理路整然としたものに思える瞬間が訪れるのだ。
プラモデルはパズルじゃない。スタートからゴールまでがきちんと設計された、誰にでも踊れるダンスのようなもの。

時間が少し余ったら、自分の好きなステッカーを貼ってもいいし、
そのへんのポスカで色を乗せたり、昔買って使い切らなかったスプレーでワンポイントの色を吹き付けてもいい。
その瞬間に、ゴールは少しだけ変化して、あなただけのものになる。
あなたが買ったプラモだ、組み立てるくらいしか時間がないなら、それでいい。ただ、組むだけでいい。
そうすれば、確実にいくばくかの時間が経過し、目の前で面白いことが起きる。その間、他のことを忘れることができて、脳がリラックスする。
ちょうどいいプラモデルを探そう。そして、自分のちょうどいい時間で、ちょうどよく遊んでみよう。
もしあなたが毎日にピリピリしているなら、仕事のあとの自分の時間に、ひとつだけ成し遂げた充足感とともに、眠りにつけるはずだ。
by kala-pattar
| 2020-03-31 22:56
| →SPRUE CRAZY